おかめ桜を作った人
嵐山に一緒に行った友人が貸してくれた本を
備忘録代わりに書き記します。
友人が貸してくれた本がこちらです。
チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人
毎年のように記事にしている出町柳駅前 長徳寺のおかめ桜。
三月下旬
桜シーズンの幕開けにあたるので、
長徳寺の門前は毎年多くの方が訪れます。
その木に「イギリスの園芸家が寒緋桜とマメ桜を交配させて作った」
と説明書きがありました。
その園芸家が英国人のコングリウッド・イングラム(1880-1981)。
英国では桜とはサクランボがなる木のことで、
実のならない桜は意味がないと、「ニセサクラ」
と呼ばれていたそうです。
1900年初頭日本を訪れたイングラムはその桜の多様性に
驚かされ、桜の収集を始めます。
広い家に引っ越したのをきっかけに桜のある庭園を造り
100種類の桜を植えました。
しかし、イングラムは関東大震災後に訪れた日本が
近代化をすすめ、ソメイヨシノの増産の時代となっているのに
失望します。
ソメイヨシノは成功率が高く、大量生産できるうえ、
5年もすれば見栄えのいい木に育ちます。
しかし、ヤマザクラはそれぞれが違います。
大名庭園で育てられていた時代は400種の桜が保護されていたのに
維新後は無関心で「八重か一重か」の違いしか気にされず、
公園の桜は生育不良でがっかりさせられました。
イングラムは桜の品種保存と保護を訴えます。
実はイングラムが英国で育てている桜の中には
日本では見られなくなってしまったものもあったのです。
それが太白でした。
桜行脚の中でイングラムは日本の桜守たちと知り合います。
その一人が仁和寺の桜守 十四代佐野藤右衛門。
当代の藤右衛門さんの祖父にあたる方です。
イングラムは大根にさして、日本で絶滅してしまった太白の苗を
送るのですが、日本到着時にはダメになっていました。
おそらく南回りの暑さがいけなかったのだろうと、
改めてシベリア経由ジャガイモにさして苗を送ります。
今度は無事苗が到着し、京都第二高等女学校(現朱雀高校)
平野神社、仁和寺などに植えられました。
筆者は当代佐野藤右衛門さんにもインタビューし、
お父さんやおじいさんに会いに来たイングラム氏を
当代さんは、おぼえていらっしゃるそうです。
植藤造園のホームページ見たら、藤右衛門さんのおっしゃることが
本当に心にストンときます。
言葉だけで差別だ、なんだというけれど、うわべだけで
本質を見ていないことが多いですよね。


