東大寺
土曜日の東大寺です。
意外と人多い。
鎌倉時代に建てられた南大門には大華厳寺と書かれた扁額があります。
正式名称はは金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)
というそうです。覚えられないので、コピペです。扁額がミュージアムにあります。
重源上人が中国 宋から学んだ大仏様という建築様式で建てられています。
柱はヒノキの一本木で山口県から運ばれたそうです。
教科書で習った鎌倉彫刻の代表作
運慶快慶の金剛力士像です。
こちら吽形で右側
運慶快慶その他の作と判明した阿形。
通常は阿形が右、吽形は左なので、逆ですね。
大仏殿の前に東大寺ミュージアムがあります。
こちらでも国宝の数々が展示されています。
今戒壇堂が修理中で、そちらの四天王が3年間こちらで公開されています。
表情もいいのですが、ウエストがきゅっとしまって
うらやましいくらいでした。
聖武天皇は天平15年(743年)大仏建立詔を発布。
当時は紫香楽宮で建立が計画されました。
そういえば美濃国一ノ宮 南宮大社にお参りしたとき、
大仏建立祈願をされていてびっくりしたんでした。(岐阜県垂井町)
都を転々としていた時代で、当時の混乱がわかりますね。
コロナになってから、行く人と帰る人に道が分けられています。
東大寺は2回戦火で焼けていて、現在の大仏殿は3代目。
松永久秀の戦火に焼かれてから100年以上大仏さんは
野ざらしでした。
資金不足から、幅はオリジナルの3分の2になっています。
創建当時のものはあまり残っていませんが
こちらの八角灯篭は創建時の物です。
1枚だけ盗まれたことがあり、傷ついたため
左側の音声菩薩のオリジナルはミュージアムに展示されています。
写真だとわかりにくいですが、実物を見るとパネルの新しいのが
わかります。
大仏様の手には水かきがあるのですが、よくわかりませんね。
この螺髪の数を3D解析で数えると、従来の説の半分の
492個だそうです。
大仏様の基壇の下から、いくつも埋蔵品が出てきたそうで
こちらもミュージアムに展示されています。
その水かきですくうと何リットルの水がすくえるでしょうか
という問題がありました。
答えの気になる方は検索してみてね。
柱の穴も塞がれて、通り抜けられないようになっていました。
天然痘で人口の3分の1が亡くなったといわれる聖武天皇の時代。
「仏法の力によって、動物も植物もあらゆる生命が
ともにさかえるように」
という願いは今も受け継がれています。










