京の冬の旅 方広寺 | 烏丸ママのブログ

京の冬の旅 方広寺

京都国立博物館の北側の石垣は

もともと北側にある方広寺の石垣です。

京の冬の旅で公開中の方広寺に参りました。

豊臣秀吉が創建したときの方広寺の敷地は大変広く

京都国立博物館の敷地はもとより

さらに南側の三十三間堂を含む広さで、

三十三間堂の南側にかつての門があります。

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今は入口も地味で、

(入口付近にきれいな桜が咲いていました。)

かつての境内豊国神社を突っ切って入ってしまいます。

豊国神社国宝唐門

雅楽が流れ、結婚式の最中だったので、近づいて撮れませんでした。

唐門の内側に参列者が見えます。

 

豊国神社の境内のお稲荷さんを横切ると

京都東山 方広寺本堂です。

(方広寺と検索すると、浜松の奥山方広寺がヒットします。)

現在の本堂はかつての10分の1の大きさで、

中央に江戸期に作られた本尊廬舎那仏を安置しています。

 

東大寺の大仏殿が松永久秀の焼き討ちにあったため、

秀吉がそれに代わる大仏の建立を発願。

しかし方広寺の大仏様は豊臣家の運命を占うように受難の大仏様でした。

豊臣秀吉が文禄4年(1595年)に建てた大仏様〈木像)は翌年地震で倒壊。

秀頼が再興しようとした銅の大仏様は銅が流れて出て建物ともに焼失。

その後大仏殿とともに完成した梵鐘が豊臣家を滅亡に招きます。

 

国家安康 君臣豊楽 という文字が徳川家を冒とくしたとみなされます。

その梵鐘は明治までころがっていたようですが、

今はちゃんとした鐘楼があります。

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東大寺、知恩院に並んで三大梵鐘と紹介されていました。

あれ、三井寺とかは入ってないの?と思いましたが、

三大名鐘と梵鐘は違うみたいで、出所不明です。

 

鐘楼内には大仏殿遺物が展示

これは大仏殿の柱(寄木)を止めていた輪っか

お堂の四隅につるされていた風鐸の断片

鐘楼は見たことはありましたが、中に入ったのは初めてで

展示に気づいたのも初めてでした。

何度か行って初めて気づくものがよくあります。

最近記憶も衰えて二回くらい見ないと覚えられない。。。

 

参考