≪サコ学長、日本を語る≫ | 烏丸ママのブログ

≪サコ学長、日本を語る≫

今日は寒い1日でした。
天寧寺の額縁門から見える比叡山は
雪雲のカーテンがかかっていました。
 
おうち時間が増えて読んだ本を備忘録代わりに紹介します。
 
カラテカの矢部太郎さんの≪大家さんと僕≫
それがよかったので、続編の≪大家さんと僕 これから≫
年末年始に朝テレビをつけていたら、
アニメでやっていたので、面白くて買いました。
矢部太郎さんと大家さんの交流を描いたほのぼのした作品です。

 

 

そこまでじゃないけど、うちの息子の大家さんとかぶるところがあります。
1階に大家さんが住んでいて、2階が息子。
私が訪ねていくと、
「いつも気にかけています。」
「最近忙しそうにしておられます。
アルバイトでも始めたのかな?」
とかいつも報告してくださいます。
息子の下宿は築40年くらいの2Kのアパートで雨戸があります。
閉めっぱなしにしていたら、ムクドリが戸袋に巣をつくってた!
いつの間にか、ふさがれていたそうです。。。
 
そして本題の≪サコ学長、日本を語る≫
この本が深イイかった!
私が日ごろなんとなく感じていることを言葉にしていただいた感じです。
京都には30余りの大学や短大がありますが、
サコ学長はアフリカのマリ出身(日本に帰化)で
京都精華大学の学長に2018年就任されました。
精華大学は日本で初めてマンガ学科を設置
先代の学長は漫画家の竹宮恵子先生でした。

サコ学長は母国から中国に留学(留学先は選べなくて

本当はヨーロッパに行きたかったそうです。)

その時に日本を訪れて、日本に魅了され、

中国で知り合った日本人研究者に勧められ

京都大学に留学されます。

京都大学の建築の研究員を経て、京都精華大学の講師に着任。

学生たちをマリにホームステイに引率したりしていましたが、

若手教員との話し合いの中で

精華を何とかしなくてはいけないという気持ちから

学長に立候補したのだそうです。

 

サコ先生は来日して30年になりますが、

いまだに理解できないことがあります。

学校に対する日本人の過剰な期待感にビックリ

本来は家庭や地域でやるべき教育が学校にまかされていて

日常のあらゆる要素が学校に集約されている。

日本の学校教育はフレーム化されていて、

そのフレーム以外のところで個性を伸ばして人格形成がされるべきなのに、

その機会が失われている。

フレーム教育は方向性を示してくれるので評価はするが、

個性を伸ばしてくれるものではないので、

学校で得たものを自分に落とし込んでいくためには

余暇の時間が大事なのではないか。

子供たちは学校教育で疲弊し、学校も負担が増える。

「学校のみが学びの場」という思い込みをなくしてはどうか。

 

フレーム化した教育になじまなかった人たち。

ある能力の高い学生がいて、すごいすごいと言って回っていると

「私は、先生が思っているような子じゃありません。不登校だったんです。」

と告白。

しかし精華大学で、意識が高く、みんなを引っ張っていく学生の多くが

不登校やつまづきを経験した人たち。

今の学校システムになじまない子は精神的に弱いのではなく

「納得していないのにやらなければいけない」

ということに不自由がある。

 

若者を自殺に追い込む日本

日本では15歳から39歳までの死因の第一位が自殺。

人間は弱い人も強い人もいるのに

均一化しようとするところに問題がある。

弱い人は弱いながら生きていけるように支えなければいけない。

日本の教育は「今の社会制度を維持していきたい」という

中高年の思いに若者が巻き込まれているのではないか。

早く大学を決めて就職をしないと遅れると、不安をあおり

大学が就職予備校となっている。

人生百年の時代にいったい何に遅れるというのか。l

学校になじめない、就職ができない人が命を絶つ。

これは学校になじめない、就職ができないから命を絶つのでなく

そのことをまわりから責められるように感じるから自殺するのである。

パターン化された枠に入れない人が「生きる権利もない」と

追い込まれていく。

日本の教育に必要なのは、自分の人生を自分で考える力をはぐくむことだ。

要約終わり

 

私は割としたいようにしてきた気がします。

しかしうちの息子たちはしたいことをしてきただろか?

甚だ疑問です。

息子たちは就職を控え、不安を抱いています。

たとえ就職できなかったとしても、人生それで終わりではない。

親の焦りや価値観をおしつけないようにしたいと思います。

(うちはすごく押し付けていると思います。。。)