信長公御廟 崇福寺 | 烏丸ママのブログ

信長公御廟 崇福寺

少し飛びましたが、岐阜県崇福寺です。

京都だけでも織田信長公の御廟は

阿弥陀寺

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大徳寺総見院

 

本能寺とあります。

 

岐阜県にある菩提寺が崇福寺

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永禄10年(1567年)織田信長公が美濃に入ると、

側室吉乃の菩提所とされました。

本能寺の変のあとは、側室おなべの方より信長、信忠の位牌所

になりました。

内部の写真が撮れました。

信長公教訓の画

日夜努力すれば、おのずから自分の身も上がっていく

 

和時計と土佐派の屏風

 

御本尊は地蔵菩薩

右手に信長公のお軸(狩野派)

「心頭滅却すれば火おのずから涼し」と武田攻めで亡くなった

快川和尚はここの住職だったそうです。

 

実は血天井の下から撮っています。

さすがに血天井を撮る勇気はありませんでした。

岐阜城が関ケ原の合戦直前、西軍に属し、東軍の攻撃を受け落城

戦死した38名の菩提を弔うためにその床板を天井に使っています。

 

雪月花は信長公の筆

左手下にあるのがお鍋の方の書簡

 

ちょっと見えにくいのですが、最古の付喪神絵巻

付喪神とは99年たった道具類が妖怪になったものです。

室町時代東寺から譲り受けたと伝わります。

 
大徳寺瑞峯院の庭のうつし

 

 

こちら瑞峯院の庭

独坐庭

ちょっと違うけど、重森三玲の十字架とは違うと思うのですが。

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信長公、信忠公位牌所

とてもきれいでした。

 

 

稲葉一鉄が小僧をしていたそうで、一鉄寄進の鐘

春日局の祖父にあたるそうです。

 

信長公の位牌所の前がとても大きなドウダンツツジがあり

これは秋に来たら、きれいだろうなと思いました。

岐阜に来られたら、ぜひおこしください。