牛若町あたり | 烏丸ママのブログ

牛若町あたり

蔵出し記事です。

車の点検に出して、1時間の待ち時間がありましたので、

あたりを散歩しました。
北山通りから1本入ると
牛若丸誕生井
住宅街の畑の中で入ることはできません。
明治まで弁財天がここにあったそうです。
常盤御前が安産を願った腹帯地蔵が近くの光念寺がありますし
南側の大徳寺あたりには、常盤御前の化粧井や
弁慶の腰掛石がお米屋さんの敷地内にあります。
このあたりの町名は牛若町!
紫竹納豆?牛若納豆?名前が変わったんだっけ。


このへんのスーパーではだいたい買える納豆のブランドです。
今は小粒の納豆が人気ですが、こちらはやや大きめです。
總神社
上賀茂神社の三十八社のうちの一つで
賀茂読経所聖神寺の社僧が崇敬した神社
社僧の始まりは白鳳時代、天武天皇の時代だそうです。
上賀茂神社に社僧がいらっしゃったのですね。
初のお参りです。
お社自体は菅原道真公で入口には梅が植えられ
瓦には梅の紋が入っていました。
あまり木々はありませんが
菅宿の森と呼ばれていたようです。
菅原道真公が筑紫に流刑になる前
ここの宮守であった叔母を訪ねて、別れを述べたそうです。
また古来源氏とゆかりの深い地であり
古図に「常盤の森」と記されているそうです。
 
京都産業大学の学生さんは上賀茂神社の境内に
自転車を止めて山の上の大学にシャトルバスで通学しているので
このあたり産業大学の学生さんも住むのですが
コロナウイルスの感染者が出たことから
「京都産大の学生の入店はおことわり」
というような店が出たとか?!
大学にはいやがらせの電話がかかったり、
関係ない人の氏名が感染者としてネットに書き込まれたり
大学も困惑しています。
「感染を拡大させないために公表したのに」と。
うちの息子たちも卒業旅行に行ったので他人事には思えず。。。
出発時はヨーロッパが武漢のようになるとは思っていなかったし
渡航制限がかかっていたわけではないから
卒業旅行に行かないという決断はできなかったのでしょう。
病気にかかった人が責められると公表できなくなります。