姫路城 | 烏丸ママのブログ

姫路城

この間姫路城のボランティアガイドさんと

電車に乗った時
姫路まで遠いから座ってください
と言うと、
このくらい立てなければ
姫路城ガイドは務まりません!
と、言われました。
そのくらい広くて、たくさん歩くそうです。
で、今年1月に行った姫路城
まだアップしていませんでした!
 
姫路駅から歩いて姫路城に到着する前に石垣が現れました。
外堀の跡なのかな
 
お城です。
姫路城っていったい誰が築いたのか
私としては黒田官兵衛とか千姫のイメージが。。。
HPより
姫山の地に初めて砦が築かれたのは1333年、赤松氏の時代といわれています。以来、13氏・48代が城主を務め、戦塵にまみれることなく今日にいたっています。
赤松氏の後、西国統治の重要拠点として羽柴秀吉、池田輝政、本多忠政が城に夢を託して拡張、いま見られる全容が整ったのは戦乱の世が落着いた1617年のことです。
このーーーー石を割るためだった気がするのですが。。。
姫路城の魅力は天守の規模
大天守の他三つの小天守
それをつなぐ渡り櫓が見られます。
その姿が鷺が羽を広げたような様子から
白鷺城と呼ばれます。
菱の門
格子窓、火灯窓、黒漆に金箔の格子
 
これでは敵があがれません。
奇跡的に人がいない
観光シーズンは入るのに待つそうです。
xx分待ちという看板がありました。
敵を寄せ付けないよう通路は複雑
昔は80以上の門、今は21の門があるそうです。
右手には狭間が見えます。
羽柴秀吉が城を築いたとき、石が集まらなくて困っていました。
すると餅を売っていた貧しい女がこれを使ってくくださいと
石臼を差しだしたのだそうです。
この話が評判になり、石が集まったのだそうです。
東大柱は25mもあるのに、1本だそうです。
モミってメモしているから、モミの木なのだと思います。
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修理が終わったときは、漆喰が白くて
白すぎ城とか揶揄されましたが
今はいい感じに。。。
まっすぐの道が見えていますが
この大手前通を行くと姫路駅です。
ここからだと規模の大きさがよくわかりますね。
このあと西の丸長局(百間廊下)に行きました。
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これは渡り櫓から小天守に入るところか???
1年近くたっていて、記憶がおぼろ。。。
帰りに新幹線に乗ってみましたが
あまり新快速と時間がかわらずもったいないことをしました。
青春18きっぷの発売期間はそれが一番お得のようです。
非公開部分が公開されるときに
また行きたいと思います。