60年に1度開く | 烏丸ママのブログ

60年に1度開く

旧嵯峨御所 大覚寺です。


60年に1度戊戌(ぼじゅつ・つちのえいぬ)の年に開くという
嵯峨天皇の写経を奉安した勅封心経殿の扉
11月30日までということで
お参りに行きました。
嵯峨菊
 
いけばな嵯峨御流 創流1200年
嵯峨天皇が大沢池で菊を手折って、ご挿花されたのが
嵯峨御流の始まりだそうです。
何の実だろうと思ってみたら、柿の一種のようです。
 
嵯峨天皇が人々の平安を祈って写経されて、1200年
塗香を塗ってから、真言をいただき
写経を見せていただきます。
すいていたのでじっくり拝見することができました。
思っていたより小さく普通の経本サイズ
普通の布は字(金泥?)をはじくので
とても細かく織られれた絹地だそうです。
広沢の池
台風被害を受け、長い間大覚寺は拝観休止で
毎年行われる観月会もありませんでした。
境内少しずつ色づいていました。
ぐるりと門外不出の嵯峨菊がとりまいています。
御影堂から勅使門を見る
宸殿の前には右近の橘と左近の桜
実がなっていたのでパチリ
東福門院和子が女御御殿としていた建物を移築
中は狩野山楽の牡丹の画が描かれています。
霊宝殿では五大明王
歴代天皇の写経を拝見しました。
平安時代の五大明王はものすごく拝まれてきたのでしょう。
大変迫力がありました。
御光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、光格天皇
の写経を拝見しました。
戦国時代の後奈良天皇、正親町天皇が写経を奉納されているのを
興味深く感じました。
この時代の御所は大変窮乏しており、
後奈良天皇は践祚されてから10年間即位式ができなかった天皇です。
また食事にもことかき、毎朝川端道喜がお食事を運んだそうです。
(今もちまきの川端道喜は営業しています。)

http://www.trip.kyoto.jp/spot/db/onchimakishi-kawabatadouki/

 

https://www1.doshisha.ac.jp/~prj-0604/pc/index.html

また次代の正親町天皇は織田信長が保護するということで、

皇室の窮乏を救い、いろんな勅命を出したことで有名です。

光格天皇は京都の3分の2が焼けた天明の大火の時代の天皇です。

どの時代の天皇も国の安寧を願っていたのだなと

改めて感じました。

でもやっぱり三筆と言われるだけあって

嵯峨天皇の蹟が一番美しかったです。

そうそう意外なところでは

琵琶湖疎水を設計した田辺朔郎の写経もありました。