京都駅ビル界隈
日大のアメフト選手の会見を見ましたが、
いたたまれない気持ちになった人も多かったのではないでしょうか。
「指示があったとはいえ、
自分がやったことにはかわりない。
アメフトはもうやらない。
というより、その資格がない。」
試合の前後から今日までどんな心の葛藤があったでしょうか。
謝罪に行きたいと申し出たが
大学側から待てと言われたとか。
モザイク映像を見ながら、
加害者出てこいと思いましたが、
(本人が言うように示唆されたとはいえ
許される行為ではありませんが)
出てきてみたら、息子と同年代とは思えない潔さ
顔をさらすリスクより
真実を語りたいという気持ちが強かったのでしょう。
一方、被害選手のおとうさんが
「何度も流れる映像に
何度も息子が傷つけられる気持ちがする」
と、語った気持ちも理解できます。
2人の若者の負った傷はあまりにも大きい。
京都駅から東寺まで歩きました。
途中で不動堂をお参りしました。
弘法大師の彫ったお不動さんがあるそうですが、
誰も見たことがありません。
このあたり不動堂村と言いました。
そこには幕末、新撰組の屯所がありました。
温泉旅館の前の碑です。
もうアジサイが咲いています。はや!
そばで建物の取り壊されていました。
え、前に行った油屋さん?
素敵な町家だったのに?
と、思いましたが、一筋違いで、油屋さん営業中です。
高齢のご主人お元気です。
このあたりは西本願寺の門前町です。
この前が本光寺で「伊東甲子太郎殉難の地」の碑があります。
リーガロイヤルホテルにも碑が。
幕府直参となり、10000平米もあった屋敷だそうですから
温泉旅館からここまであったのでしょうか。
新撰組が活動したのが8年ほど
ここに屋敷があったのは半年くらいで、
実態がよくわかっていないそうです。
8年なんてあっという間ですよね。
それだけ激動の時代だったのですね。





