まぼろしの屯所 | 烏丸ママのブログ

まぼろしの屯所


西本願寺に行くのに、
堀川通から一本東の道に入ってみた。
へえ~こんなところにお不動様が!
それも弘法大師空海が手彫りされたというお不動様だそうです。
東寺を建立した際に鬼門にあたるこの地に
不動明王をお祀りしたそうです。
石棺に収められて井戸に安置されているため誰も見たことがないそうです。
そういえば、金閣寺にも空海が彫られたという石不動があります。
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応仁文明の乱で焼失しましたが、
江戸時代に再建され南に400メートルほど移動した現在地に再建されました。
(石棺も移動されたということなんでしょうね?)

新撰組が西本願寺を出て、不動堂村に屯所を構えたというのは
知っていましたが、このあたりにあったのですね!
新撰組が活躍したのはほんの短い間のせいか、
詳しいことはわかっていないようです。
この不動堂の両側に白い提灯が下がっていますが、
「新撰組 まぼろしの屯所」とありました。
この近くのリーガロイヤルホテルの横に記念碑もあります。

不動堂の隣には道祖神が祀られています。
関西ではめったに見かけないので、これまたびっくりしました。
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猿田彦大神とその姫神  天鈿女命を祀っています。
 もともと道祖神は村はずれにおかれたので、
このあたりは村はずれだったのでしょう。
縁結び、旅人の守護の神として信仰されています。
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京都駅に近いため、鉄道用地として使われ、少し移動してきたそうです。

七条通を越えて北に行くと、
このような碑にも会いました。
≪伊東甲子太郎外殉難の地≫
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伊東甲子太郎は新撰組から御陵衛士として分かれ、高台寺党を作りました。
新撰組に暗殺されたのがこの地というわけですね。
お墓は泉涌寺塔頭戒光寺にあるそうです。

こちらは何のお店でしょうか。
このあたりは本願寺の門前町ですので、大工町とか
西本願寺御用達のお店がたくさんあります。
こちらは西川油店
昔は搾油していたそうですが、今は仕入れて小売りしているそうです。
昔は食用より、燃料として油は使われていたわけで、
西本願寺に納めていました。
昔使った道具が展示されていました。
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京都の面白さは一歩入った道にあると、改めて思いました。