吾唯知足
4月の終わりごろに訪ねた龍安寺
妙心寺の山内図に載っているので、妙心寺塔頭といっていいのかな。
足利将軍の管領 細川勝元が1450年に創建
1499年に方丈が建てられたときに、石庭もできたといわれています。

妙心寺の山内図に載っているので、妙心寺塔頭といっていいのかな。
足利将軍の管領 細川勝元が1450年に創建
1499年に方丈が建てられたときに、石庭もできたといわれています。

まだ桜が咲いていました。
ここ2,3日ほどでないにしても、4月にしては暑い日でした。
西日に照らされた鏡容池がキラキラひかってきれいでした。
八重桜きれいです。
が、やはり暑すぎると、何か桜って似合わないと思いました。
ごめんね。
庫裏が見えてきました。
石庭=龍安寺というくらい有名な石庭
七五三の庭とも、虎の子渡しの庭とも呼ばれます。
エリザベス女王が訪れたことで一躍有名になりました。
15個の石が全部見える位置はないそうです。 左奥が低くして、排水の工夫がされていたり、
塀の高さが右に行くほど低く作られ
遠近法が使われています。
ホント奥が深いですね。
これもまた有名な蹲つくばい
水戸光圀公が寄贈したものは非公開の茶室の横で、これはうつし。
吾唯知足 われただたることをしる
七五三の庭とも、虎の子渡しの庭とも呼ばれます。
エリザベス女王が訪れたことで一躍有名になりました。
15個の石が全部見える位置はないそうです。 左奥が低くして、排水の工夫がされていたり、
塀の高さが右に行くほど低く作られ
遠近法が使われています。
ホント奥が深いですね。
これもまた有名な蹲つくばい
水戸光圀公が寄贈したものは非公開の茶室の横で、これはうつし。
吾唯知足 われただたることをしる






