藤田家住宅
京の夏の旅で特別公開中の藤田家住宅です。
全然いい写真がなかったので、
お座敷はこの看板で見てください。
欄間も葦と、夏仕様です。
筵もホントに細かい籐で編まれていました。
(写真では畳になっています。)
このあたりは西陣と呼ばれる地域で、
応仁の乱の西の陣、山名宗全の邸宅があった場所です。
織物で有名な西陣地区ですが、
この御宅も30年前まで帯商を営まれていました。
虫籠窓と呼ばれる窓が見えていますが、
天井の低い屋根裏部屋のような場所です。
普段はギャラリーとしてお使いのようですが
藤田と染められたのれんがかかっています。
のれんの先は通り庭、台所ですが、
今もまだお使いのようで、公開はされていません。
入ったすぐ右手には蛇の目傘があります。
東の棟と西の棟に分かれていて、
今回公開されているのが昭和10年に建てられた西の棟
お客様が入られたのが西の棟です。
こちらが応接間
藤田という名にちなんで、織物でできた富士山の額
昭和初期に流行した洋間ですが、
家具は和室に置くような低いものです。
いろんな網代が見られます。
座敷から見た中庭と茶室(左)と蔵
この松が二階から見るとちょうどいい位置に見えます。
二階では30年ほど前まで商っていて糸が。。。
これなんだかわかります。(答えはコメント欄に)
この左手が3階までの吹き抜けです。
自然光を入れて糸の色などを確認したのでしょう。
山名屋敷跡なので、山名町
このあたりもたくさん町家がマンションに変っています。
私の知り合いも
30人ほど職人を抱えていた織元だったそうですが、
廃業して、工場をマンションに変え、
今はその家賃で生計をたてているそうです。
町家に住む多くの住人はお年寄りだったりします。
すると相続税の問題もあり、町家を売ってそれに充てることになります。
なかなか、つぶさないで~
もったいない~
と、第三者は思いますが、当人にはしかたのないことですね。
全然いい写真がなかったので、
お座敷はこの看板で見てください。
欄間も葦と、夏仕様です。
筵もホントに細かい籐で編まれていました。
(写真では畳になっています。)
このあたりは西陣と呼ばれる地域で、
応仁の乱の西の陣、山名宗全の邸宅があった場所です。
織物で有名な西陣地区ですが、
この御宅も30年前まで帯商を営まれていました。
虫籠窓と呼ばれる窓が見えていますが、
天井の低い屋根裏部屋のような場所です。
普段はギャラリーとしてお使いのようですが
藤田と染められたのれんがかかっています。
のれんの先は通り庭、台所ですが、
今もまだお使いのようで、公開はされていません。
入ったすぐ右手には蛇の目傘があります。
東の棟と西の棟に分かれていて、
今回公開されているのが昭和10年に建てられた西の棟
お客様が入られたのが西の棟です。
こちらが応接間
藤田という名にちなんで、織物でできた富士山の額
昭和初期に流行した洋間ですが、
家具は和室に置くような低いものです。
いろんな網代が見られます。
座敷から見た中庭と茶室(左)と蔵
この松が二階から見るとちょうどいい位置に見えます。
二階では30年ほど前まで商っていて糸が。。。
これなんだかわかります。(答えはコメント欄に)
この左手が3階までの吹き抜けです。
自然光を入れて糸の色などを確認したのでしょう。
山名屋敷跡なので、山名町
このあたりもたくさん町家がマンションに変っています。
私の知り合いも
30人ほど職人を抱えていた織元だったそうですが、
廃業して、工場をマンションに変え、
今はその家賃で生計をたてているそうです。
町家に住む多くの住人はお年寄りだったりします。
すると相続税の問題もあり、町家を売ってそれに充てることになります。
なかなか、つぶさないで~
もったいない~
と、第三者は思いますが、当人にはしかたのないことですね。











