仁丹の看板
朝9時半にいっせいに携帯がなってびっくりしました。
震災から5年たちました。
あのとき自分が何していたか
この日が来るたびに思い出すことでしょう。
家族を亡くした方は一生荷物を背負っていかれると思います。
一方で記憶は風化します。
阪神大震災の記憶が生かされたように、
また東日本の被害も次世代に生かせますように。
☆ ☆ ☆ ☆
もうひとつの京都名物 仁丹看板です。
100年ほど前に森下仁丹が設置した町名看板ですが、
多くは戦災で焼けてしまいましたが、
京都にはたくさん残っています。
仁丹看板を愛する方の仁丹看板楽会まであるそうです。
いつ、どこで、だれが、どのように設置したか判明していないので震災から5年たちました。
あのとき自分が何していたか
この日が来るたびに思い出すことでしょう。
家族を亡くした方は一生荷物を背負っていかれると思います。
一方で記憶は風化します。
阪神大震災の記憶が生かされたように、
また東日本の被害も次世代に生かせますように。
☆ ☆ ☆ ☆
もうひとつの京都名物 仁丹看板です。
100年ほど前に森下仁丹が設置した町名看板ですが、
多くは戦災で焼けてしまいましたが、
京都にはたくさん残っています。
仁丹看板を愛する方の仁丹看板楽会まであるそうです。
『仁丹看板のなぞ』とも言われています。
ホーローだそうですが、町名が100年たっても消えていないことから
ずいぶん丁寧に制作されていることもわかっています。
字を書いてから、さらに加工がほどこされているらしいです。
ネットオークションに出す目的か、盗難被害も多く
なかなかとれないネジも提供されているそうです。
ちなみにこの看板は水野克比古さんの町家写真館のものです。
京都に来られたら、仁丹看板をさがしてみてください。
ちなみに森下仁丹とは、医薬品の会社で
小さな銀色のつぶの仁丹をおじさんたちが携行していて、
タクシーの運転手さんなどよく口にしていました。
私にとっては、おっちゃんの香です。
