大光明寺
湿った雪なので融けかけています。
真っ白な方丈前庭園
普段はこんなかんじです。
普賢菩薩様に自由にお参りできますが、お燈明や線香の火が心配です。
光明寺は相国寺が建立される以前、1339年に後伏見天皇の皇后、
広義門院西園寺寧子が天皇の菩提を弔うため、
伏見離宮の傍らに一寺を建立したのが始まりであり、
皇后の法号大光明院を寺号としました。
寧子は北朝を存続させるため、
歴史上唯一の女性 治天の君として君臨しています。
治天の君はもともと天皇家の家督者として政務の実権を握った上皇や天皇 を指す用語。
治天の君は事実上の君主
として君臨した。保元の乱はこの治天の君を争って勃発
大火で何度か焼け落ち、明治になってから3つの寺が合併して
現在の大光明寺になったそうです。
9代将軍足利義尚の墓所です。
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以前書いたブログのコピペです。忘れています。
相国寺の庭もいつも美しいです。
通り抜けできるのは贅沢です。

