妙心寺 天球院 | 烏丸ママのブログ

妙心寺 天球院

以前京狩野の展覧会を見たとき
ぜひ行ったみたいと思ったお寺が、
妙心寺塔頭 天球院です。
1631年(寛永8)岡山藩主池田光政が伯母天球院のため建立。
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中は撮影禁止ですので、お庭だけ
唐門から入ります。
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梅が咲いています。
一瞬蝋梅かと思いましたが
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普通の梅みたいです。
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めずらしい寒アヤメ
寒い中にも可憐です。
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ポスターになっているのが、今回公開中の狩野山雪の梅に山鳥図
この15年後に描いた同じ妙心寺 天祥院の梅は大変デフォルメされていて
複製が展示されています。(オリジナルはアメリカ メトロポリタン美術館)
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妙心寺は狩野派による障壁画がありましたが、
(妙心寺に限らずですが。)
明治の廃仏棄釈によりたくさんの美術品が海外に散逸しました。
この天球院の方丈玄関障壁画は重要文化財に指定されています。
襖絵152面と杉戸絵27面は狩野山楽、山雪親子の筆によるもの。
徳川家のお抱えとなった狩野派の絵師たちは江戸に行きましたが、
山楽、山雪親子(婿養子)は京に残り、京狩野と呼ばれています。
ネットから


一部はキャノンの精密な複製ですが、見分けがるかないです。
どの部屋も大作で見応えがありました。

そしてこの方丈に血天井があったのは驚きです。
伏見城の床板は供養のためにいろんなお寺の天井に使われていますが、
ここは方丈西側の天井がそうでした。
他のお寺のようにはっきりしていませんが。。。
お寺によっては手形がくっきりというところもあります。

その北側にはお茶室があり、篷庵というようです。
映画のロケに使われたみたいで、
柄本明さん?の写真が飾ってありました。
京都はロケ地巡りもたのしいですよね。

奥の茶室の話とか衣鉢の間の琴碁書画図の説明はありませんでした。
着け書院を覗き込んでいる人がいて、
私ものぞいたら、明かり障子の裏側が琴碁書画が描かれていました。
そのへんの案内も聞けたらよかったです。