浄福寺
「昔はにぎわったんだろうねえ」と、
千本通りの話をしていたら、
西陣生まれの年上の友人が
「あのころは昼になると、
職人さんたちが昼ごはん食べに出てきて
すごくにぎわっていた。
うちにも何人か住み込みの職人さんがいて、
昼は12人分の食事をまかなっていた。」
とのことでした。
「西陣がだめになり、
大きい仕事場は親が売り、
親が亡くなってから、小さいほうを私が売った」
と、さらりとおっしゃいましたが、
その職人さんたちはどうなったのかなあと思いました。
街中で商売をされている方は
郊外に家を建てる人も多く、
祇園祭の鉾町の人も、郊外に引っ越して
もといた鉾町の囃し方をしているという方もいます。
西陣の友人は、仕事場だった家で生まれ育ちましたが、
景気のいい時代に郊外に家を建てて引っ越したそうです。
西陣関係の仕事をしていた別の知り合いも
西陣がだめになって、他に仕事を求めたそうです。
いい腕を持っているのに、もったいないと思うし、
みんなサラリと話しているけれど、
当時は本当に大変だったのだろうなと思います。
前置きが長くなりましたが、西陣にある浄福寺です。
赤門
京都は応仁の乱以降も、何度も大火に遭い、市中の多くは焼けています。
ところがこのお寺の前で火がとまったそうです。
目撃者の話によると、
このモチノキに鞍馬の天狗が止まり、
大きな団扇であおいで、火を止めていたそうです。
そういう由緒から、鞍馬天狗がお祀りされています。
団扇の紋が入っていますね。
かわいい狛犬さんもいます。
赤門は東側の浄福寺通りに面していますが、
正門は南門だと思います。
正面に見える本堂は、最古の違法建築と言われています。
将軍吉宗が建物の奥行きを制限したため、
2つの建物でごまして、一つの本堂にしたそうです。
でも正面から見ている限りわかりません。
南門の左手にお社がありました。
弁財天
稲荷大明神
と、書いてあって、巳さんが提灯に描かれています。
ここの狛犬のポーズが京都にしてはめずらしい。
逆立ちのポーズ
西陣の何気ない通りを歩いてみると、おもしろいです。
少なくなったとはいえ、今でも織機の音が聞こえてきます。
千本通りの話をしていたら、
西陣生まれの年上の友人が
「あのころは昼になると、
職人さんたちが昼ごはん食べに出てきて
すごくにぎわっていた。
うちにも何人か住み込みの職人さんがいて、
昼は12人分の食事をまかなっていた。」
とのことでした。
「西陣がだめになり、
大きい仕事場は親が売り、
親が亡くなってから、小さいほうを私が売った」
と、さらりとおっしゃいましたが、
その職人さんたちはどうなったのかなあと思いました。
街中で商売をされている方は
郊外に家を建てる人も多く、
祇園祭の鉾町の人も、郊外に引っ越して
もといた鉾町の囃し方をしているという方もいます。
西陣の友人は、仕事場だった家で生まれ育ちましたが、
景気のいい時代に郊外に家を建てて引っ越したそうです。
西陣関係の仕事をしていた別の知り合いも
西陣がだめになって、他に仕事を求めたそうです。
いい腕を持っているのに、もったいないと思うし、
みんなサラリと話しているけれど、
当時は本当に大変だったのだろうなと思います。
前置きが長くなりましたが、西陣にある浄福寺です。
赤門
京都は応仁の乱以降も、何度も大火に遭い、市中の多くは焼けています。
ところがこのお寺の前で火がとまったそうです。
目撃者の話によると、
このモチノキに鞍馬の天狗が止まり、
大きな団扇であおいで、火を止めていたそうです。
そういう由緒から、鞍馬天狗がお祀りされています。
団扇の紋が入っていますね。
かわいい狛犬さんもいます。
赤門は東側の浄福寺通りに面していますが、
正門は南門だと思います。
正面に見える本堂は、最古の違法建築と言われています。
将軍吉宗が建物の奥行きを制限したため、
2つの建物でごまして、一つの本堂にしたそうです。
でも正面から見ている限りわかりません。
南門の左手にお社がありました。
弁財天
稲荷大明神
と、書いてあって、巳さんが提灯に描かれています。
ここの狛犬のポーズが京都にしてはめずらしい。
逆立ちのポーズ
西陣の何気ない通りを歩いてみると、おもしろいです。
少なくなったとはいえ、今でも織機の音が聞こえてきます。



