恭仁京跡 | 烏丸ママのブログ

恭仁京跡

小学生くらいで習った歴史だと
平城京から平安京に都が遷ったみたいな感覚ですが、
実は、
平城京→恭仁京→難波京→紫香楽京→長岡京→平安京
とちょこちょこ遷っています。
あまりにも都であった時期が短いため
長岡京が幻の都と呼ばれたように、
詳しいことがわかっていなかったようです。
海住山寺は恭仁京の鬼門に建てられたと
住職がおっしゃいましたが、
お寺を下りてきたところに恭仁京跡があります。



聖武天皇は740年平城京から恭仁京に都を遷しました。
たった4年の都でしたが、
仏教文化の象徴である大仏や国分寺建立の詔を出されています。
私もうっかり奈良の加茂
と思っていましたが、京都府なんですよね~
でも聖武天皇ご自身
《大養徳恭仁大宮《やまとのくにのおおみや》と呼ばせたそうです。
奈良と京都の中継地なのですね。


大極殿が平城京から移築されたそうですが、
完成されないまま都が遷されました。



その後は国分寺が建てられました。





礎石だけが残っています。
間隔がせまいな~と思ったら、七重の塔の礎石だそうです。
七重って、すごい建築技術ですね。。。

アジサイやコスモスが地元に人に植えられているようです。
今は何もありません。

近所の個人宅の藤の花がきれいでした。


歩くと駅までかなりあると言われたので、
またタクシーを呼びました。
すると行きと同じ運転手さんでした。
きっと台数が少ないのでしょうね。
駅に着くと電車が出たばかりで、30分まち。
30分に1本!
で、タクシーの運転手さんと駅員さんに
「昼ごはん食べるところあります?」
と、尋ねましたが、
「。。。」
この微妙な返事の結果、奈良駅まで向かうことになりました。