1月17日
今日で阪神淡路大震災から20年ですね。
長いような短いような。。。
朝のテレビに出ていた女性。。。
震災で高校生の娘さんを亡くしました。
当時は今の私の年くらいでしょう。
今は老境に足を踏み入れておられます。
でも娘さんは高校生のまま。。。
私も20年たったら、老人。
あっという間のようでもあるし、短くない年月だともいえる。
20年前の今日
私は風邪をひいて実家(大阪)で寝ていました。
長い長い揺れでした。
大きな地震というのは、何をしていいのか、わからない。
ただ揺られるだけ。。。
いつまで続くのかと思いました。
テレビが台から落ちて、
本棚から落ちた本が
おどっていたタンスの下にもぐりこんでいました。
台所では食器棚が倒れて、足の踏み場がありませんでした。
テレビをつけると、しばらくしてNHKが緊急放送を始めました。
各地の震度が告げられる中、神戸だけが空白でした。
「神戸の震度が出ました。震度7です。」
宮田アナの声が響きました。
信じられない思いでした。
(この方、今は神主さんをされているそうですね。)
一方京都は地下鉄も動いていて、
東京出張の夫が電話をかけてきました。
「新幹線来ないんやけど?」
「来ないから!」
次の日夫は
「神戸中の知り合いを訪ね歩く」
と言って、
大型スクーターに水やらカセットコンロやらを満載して
神戸に出発しました。
一番心配だった親戚は山手のほうで、被害も少なく
(私の実家のほうがひどかったそうです。)
井戸もあったので、
長田の方々に水やコンロを置いてきたそうです。
これには大変感謝されたようで、
後から礼状が参りました。
あのとき何をしていたか、私たちは一生忘れないでしょうし、
東北、関東の方々もまた
3月11日を一生引きずって生きていくのでしょう。
神戸で培われた知恵がその後生かされたように、
(ベンチがかまどになったり、マンホールがトイレになったり)
東北の被害がまた後に役立つことで、
少しでも今後の被害拡大が防げることを祈ります。
さて、今日は雪混じりの雨が降り寒い日でした。
受験生の息子が甘いものがほしいかなと、
シュークリームを焼きました。
がんばれ、受験生。
長いような短いような。。。
朝のテレビに出ていた女性。。。
震災で高校生の娘さんを亡くしました。
当時は今の私の年くらいでしょう。
今は老境に足を踏み入れておられます。
でも娘さんは高校生のまま。。。
私も20年たったら、老人。
あっという間のようでもあるし、短くない年月だともいえる。
20年前の今日
私は風邪をひいて実家(大阪)で寝ていました。
長い長い揺れでした。
大きな地震というのは、何をしていいのか、わからない。
ただ揺られるだけ。。。
いつまで続くのかと思いました。
テレビが台から落ちて、
本棚から落ちた本が
おどっていたタンスの下にもぐりこんでいました。
台所では食器棚が倒れて、足の踏み場がありませんでした。
テレビをつけると、しばらくしてNHKが緊急放送を始めました。
各地の震度が告げられる中、神戸だけが空白でした。
「神戸の震度が出ました。震度7です。」
宮田アナの声が響きました。
信じられない思いでした。
(この方、今は神主さんをされているそうですね。)
一方京都は地下鉄も動いていて、
東京出張の夫が電話をかけてきました。
「新幹線来ないんやけど?」
「来ないから!」
次の日夫は
「神戸中の知り合いを訪ね歩く」
と言って、
大型スクーターに水やらカセットコンロやらを満載して
神戸に出発しました。
一番心配だった親戚は山手のほうで、被害も少なく
(私の実家のほうがひどかったそうです。)
井戸もあったので、
長田の方々に水やコンロを置いてきたそうです。
これには大変感謝されたようで、
後から礼状が参りました。
あのとき何をしていたか、私たちは一生忘れないでしょうし、
東北、関東の方々もまた
3月11日を一生引きずって生きていくのでしょう。
神戸で培われた知恵がその後生かされたように、
(ベンチがかまどになったり、マンホールがトイレになったり)
東北の被害がまた後に役立つことで、
少しでも今後の被害拡大が防げることを祈ります。
さて、今日は雪混じりの雨が降り寒い日でした。
受験生の息子が甘いものがほしいかなと、
シュークリームを焼きました。
がんばれ、受験生。