青蓮院門跡
将軍塚の青不動をお参りしてから、
シャトルバスの発着所になっている青蓮院まで戻ってきました。
青蓮院は皇族が住職を勤める門跡寺院ですが、
今も旧皇族が門跡を勤めるのは、ここだけです。
(現在の門主さんは天皇陛下の従兄弟にあたられます。
元は銀行員だったそうです。)
こちらの門前には樹齢800年ともいわれるクスノキが複数本あります。
親鸞聖人お手植えとも言われ、京都市の天然記念物に指定されています。
すごいです。
長屋門は明正天皇(徳川家の血をひく唯一の天皇)の旧殿の門を移築
お寺の歴史は、最澄が創られた比叡山延暦寺の僧坊に始まるそうですが、
平安末期に、鳥羽法皇第七王子が行玄大僧正の弟子となったのが
門跡寺院としての始まりだそうです。
小御所
天明の大火で御所が焼けた際、天皇の御座所となったそうです。
相阿弥が作ったといわれる龍心池
手前の跨龍橋は二枚の花崗岩からできています。
赤松の枝ぶりがりっぱ
豊臣秀吉公寄進 一文字手水鉢
お金入れんといてほしいわあ。なんか不潔感がある。
空に露出があって、まっくろになりましたが、宸殿
東福門院(後水尾天皇皇后 徳川秀忠の娘)の御所を移築したものでしたが
明治時代に焼失。再建されたもの。
襖絵が重文ということは焼失をまぬかれたのですね。
黒くなっていますが、左近の桜と右近の橘が植えられています。
宸殿では青不動の模写が公開されていました。
また元三大師(おみくじを考案した方)坐像もありました。
国立博物館でも元三大師像が公開されていて
「こわい顔をしている像が多い。これは温和な顔の像」みたいな説明がありましたが、
ここの元三大師もとてもやさしいお顔でした。
伝小堀遠州 霧島の庭
11月7日でしたが、もうそろそろ紅葉も色づいたころでしょう。
シャトルバスの発着所になっている青蓮院まで戻ってきました。
青蓮院は皇族が住職を勤める門跡寺院ですが、
今も旧皇族が門跡を勤めるのは、ここだけです。
(現在の門主さんは天皇陛下の従兄弟にあたられます。
元は銀行員だったそうです。)
こちらの門前には樹齢800年ともいわれるクスノキが複数本あります。
親鸞聖人お手植えとも言われ、京都市の天然記念物に指定されています。
すごいです。
長屋門は明正天皇(徳川家の血をひく唯一の天皇)の旧殿の門を移築
お寺の歴史は、最澄が創られた比叡山延暦寺の僧坊に始まるそうですが、
平安末期に、鳥羽法皇第七王子が行玄大僧正の弟子となったのが
門跡寺院としての始まりだそうです。
小御所
天明の大火で御所が焼けた際、天皇の御座所となったそうです。
相阿弥が作ったといわれる龍心池
手前の跨龍橋は二枚の花崗岩からできています。
赤松の枝ぶりがりっぱ
豊臣秀吉公寄進 一文字手水鉢
お金入れんといてほしいわあ。なんか不潔感がある。
空に露出があって、まっくろになりましたが、宸殿
東福門院(後水尾天皇皇后 徳川秀忠の娘)の御所を移築したものでしたが
明治時代に焼失。再建されたもの。
襖絵が重文ということは焼失をまぬかれたのですね。
黒くなっていますが、左近の桜と右近の橘が植えられています。
宸殿では青不動の模写が公開されていました。
また元三大師(おみくじを考案した方)坐像もありました。
国立博物館でも元三大師像が公開されていて
「こわい顔をしている像が多い。これは温和な顔の像」みたいな説明がありましたが、
ここの元三大師もとてもやさしいお顔でした。
伝小堀遠州 霧島の庭
11月7日でしたが、もうそろそろ紅葉も色づいたころでしょう。