閑院宮邸庭園
今朝は青空で、今日こそいい天気!
と思ったら、また雨が降りました。
ちょっと寒々とした風景ですが、
3月末に京都御苑の閑院宮邸跡庭園が復元され
訪問したときの様子です。
京都御苑はもともと御所を中心に公家町のあったところですが、
東京遷都により、荒廃してしまいました。
空き家があると、放火があったときに怖いので
すべてとり壊され、その荒廃ぶりを見た明治天皇がお嘆きになり、
今の御苑が整備されたそうです。
閑院宮家は伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家と並ぶ四親王家の一つで、
1710年に東山天皇の皇子直仁親王を始祖として創立され、
公家町南西部のこの場所に屋敷を構えました。
後桃園天皇の皇子がいなかったことから、
閑院宮の祐宮が光格天皇に即位されました。
こちらから入ります。
蛙股
構造上必要だった梁の支柱が装飾化したもの
蛙が股を広げたような形ですね。
ハートの形の穴がありますが
ハートではなく、猪目いのめというそうで、
日本古来の文様だそうです。
奈良時代のものでも使われているそうで
よく刀の鍔などにも見かけられます。
今年の3月に明治時代の図面をもとに
庭園が復元されました。
砂浜をあらわした洲浜です。
新たに井戸も掘られたそうです。
3月下旬でしたので、椿が咲いていました。
蔵の白と椿の赤のコントラストがきれいでした。
内部は定期的に環境省の職員さんが案内してくださいます。
建物もお庭も車椅子でもごらんになれますし、
入場無料で、人も少なく穴場です。
地下鉄丸太町駅からすぐ。
と思ったら、また雨が降りました。
ちょっと寒々とした風景ですが、
3月末に京都御苑の閑院宮邸跡庭園が復元され
訪問したときの様子です。
京都御苑はもともと御所を中心に公家町のあったところですが、
東京遷都により、荒廃してしまいました。
空き家があると、放火があったときに怖いので
すべてとり壊され、その荒廃ぶりを見た明治天皇がお嘆きになり、
今の御苑が整備されたそうです。
閑院宮家は伏見宮家、桂宮家、有栖川宮家と並ぶ四親王家の一つで、
1710年に東山天皇の皇子直仁親王を始祖として創立され、
公家町南西部のこの場所に屋敷を構えました。
後桃園天皇の皇子がいなかったことから、
閑院宮の祐宮が光格天皇に即位されました。
こちらから入ります。
蛙股
構造上必要だった梁の支柱が装飾化したもの
蛙が股を広げたような形ですね。
ハートの形の穴がありますが
ハートではなく、猪目いのめというそうで、
日本古来の文様だそうです。
奈良時代のものでも使われているそうで
よく刀の鍔などにも見かけられます。
今年の3月に明治時代の図面をもとに
庭園が復元されました。
砂浜をあらわした洲浜です。
新たに井戸も掘られたそうです。
3月下旬でしたので、椿が咲いていました。
蔵の白と椿の赤のコントラストがきれいでした。
内部は定期的に環境省の職員さんが案内してくださいます。
建物もお庭も車椅子でもごらんになれますし、
入場無料で、人も少なく穴場です。
地下鉄丸太町駅からすぐ。