大徳寺 龍源院
上京茶会の待ち時間に行った大徳寺龍源院です。
大徳寺の中でも古い塔頭の一つで、
東渓宗牧禅師を開祖として、
能登領主畠山義元、九州の大伴義長により
1502年創建されました。
神仏分離により住吉大社にあった慈恩寺と
飛騨高山城主金森長近が創建した金竜院と合併しています。
まず入ると書院があります。
そちらには、最古の種子島の火縄銃と
秀吉と家康が対局した蒔絵の碁盤があります。
確か、火縄は以前盗難にあったのではなかったかな。。。
阿吽の石庭
東西の石は聚楽第のものと伝えられています。中央下が阿の石
方丈庭園 一枝坦いっしだん
中央が蓬莱山 右が鶴島 苔のところが亀島
お隣の黄梅院の本堂が見えていますが、
隣から見ると、龍源院の檜皮の屋根が大変美しいのですが、
その下にいると、屋根が見えないのが残念です。
方丈、玄関ともに重要文化財です。
有名な石庭 東滴壷とうてきこ
いっしょにいた友人が言いました。
「見てみて!廊下の下まで線があるよ」
龍吟庭
三尊石の枯山水で、相阿弥作とも言われています。
それにしても、この大徳寺だけでも
重要文化財がザクザク
京都に花火大会がないのは、火事がこわいからだそうです。
大徳寺の中でも古い塔頭の一つで、
東渓宗牧禅師を開祖として、
能登領主畠山義元、九州の大伴義長により
1502年創建されました。
神仏分離により住吉大社にあった慈恩寺と
飛騨高山城主金森長近が創建した金竜院と合併しています。
まず入ると書院があります。
そちらには、最古の種子島の火縄銃と
秀吉と家康が対局した蒔絵の碁盤があります。
確か、火縄は以前盗難にあったのではなかったかな。。。
阿吽の石庭
東西の石は聚楽第のものと伝えられています。中央下が阿の石
方丈庭園 一枝坦いっしだん
中央が蓬莱山 右が鶴島 苔のところが亀島
お隣の黄梅院の本堂が見えていますが、
隣から見ると、龍源院の檜皮の屋根が大変美しいのですが、
その下にいると、屋根が見えないのが残念です。
方丈、玄関ともに重要文化財です。
有名な石庭 東滴壷とうてきこ
いっしょにいた友人が言いました。
「見てみて!廊下の下まで線があるよ」
龍吟庭
三尊石の枯山水で、相阿弥作とも言われています。
それにしても、この大徳寺だけでも
重要文化財がザクザク
京都に花火大会がないのは、火事がこわいからだそうです。