雑草魂
私のまわりでは同窓会ブームで、
よく小学校の同窓会やクラス会が開かれています。
今度小学校の担任の先生が古希を迎えられるにあたり、
学級通信に連載されていた《先生のおいたち》を
冊子化して同窓会で配ることになりました。
それを私がデータ化しています。
もうホントに今の子に読ませてやりたい。
当時先生は30歳
今の30歳の人に半生がつづれるか?
私の年でも書けないことを
この世代の人は経験しています。
それもガリ版の時代に毎回・・・
先生は古希ってことは1944年生まれ
お父さんは戦地に行かれていましたが、
復員後まもなく亡くなってしまわれます。
それからはお母さんが自宅に洋裁店を開いて
女手1人で育てていかれます。
《母と2人のさびしい家族は、親兄弟の多くいる人にはわからないと思います。》
おかあさんは毎日遅くまで働いて、遠足の日には
いつも「つぎあて」をしているセーターを着ている息子のために
徹夜をして新しいセーターを編んでくれました。
そんなある日、先生は疫痢にかかって生死をさまようことになります。
「ご臨終です」
と、言われたけれど、あきらめられなかったおかあさんは
何度もカンフル注射を打つように医師に懇願し、
先生は生還したのです。
「一度死んだ人間なのだから、世の中の役にたちたい!」
そう思って教師になったそうです。
きっとこういう家庭は当時珍しくなかったことでしょう。
みんな貧しかったから、がんばってきた。
少々のことではへこたれない雑草でした。
昨日DVDを見ようと思ってテレビをつけたら、
たまたま上原投手の《プロフェッショナル》でした。
思わず最後まで見てしまいました。
最初から注目された選手ではなく、
大学も一浪して入学。
そこからがんばってプロ入りするも故障続き。。。
途中で引退していたとしても不思議はない。
選ぶのは自分。
踏まれても踏まれても息を吹き返してきた。
まさに雑草魂
挫折を乗り越えてきた人というのは強いものです。
ところで、理研の笹井氏の訃報に接し
誰の訃報に接しても残念なものです。
あの輝かしい経歴を持った人が
どうして死ななければならなかったのか、
遺憾に思う人も多くいると思います。
順風満帆な人生を歩んできたから
挫折を知らなかったのか。
彼らもまた生きやすいようで
生きにくい時代に翻弄されてしまったのかもしれません。
今は雑草より温室育ちのほうが多数派だと
自戒をこめて思います。
よく小学校の同窓会やクラス会が開かれています。
今度小学校の担任の先生が古希を迎えられるにあたり、
学級通信に連載されていた《先生のおいたち》を
冊子化して同窓会で配ることになりました。
それを私がデータ化しています。
もうホントに今の子に読ませてやりたい。
当時先生は30歳
今の30歳の人に半生がつづれるか?
私の年でも書けないことを
この世代の人は経験しています。
それもガリ版の時代に毎回・・・
先生は古希ってことは1944年生まれ
お父さんは戦地に行かれていましたが、
復員後まもなく亡くなってしまわれます。
それからはお母さんが自宅に洋裁店を開いて
女手1人で育てていかれます。
《母と2人のさびしい家族は、親兄弟の多くいる人にはわからないと思います。》
おかあさんは毎日遅くまで働いて、遠足の日には
いつも「つぎあて」をしているセーターを着ている息子のために
徹夜をして新しいセーターを編んでくれました。
そんなある日、先生は疫痢にかかって生死をさまようことになります。
「ご臨終です」
と、言われたけれど、あきらめられなかったおかあさんは
何度もカンフル注射を打つように医師に懇願し、
先生は生還したのです。
「一度死んだ人間なのだから、世の中の役にたちたい!」
そう思って教師になったそうです。
きっとこういう家庭は当時珍しくなかったことでしょう。
みんな貧しかったから、がんばってきた。
少々のことではへこたれない雑草でした。
昨日DVDを見ようと思ってテレビをつけたら、
たまたま上原投手の《プロフェッショナル》でした。
思わず最後まで見てしまいました。
最初から注目された選手ではなく、
大学も一浪して入学。
そこからがんばってプロ入りするも故障続き。。。
途中で引退していたとしても不思議はない。
選ぶのは自分。
踏まれても踏まれても息を吹き返してきた。
まさに雑草魂
挫折を乗り越えてきた人というのは強いものです。
ところで、理研の笹井氏の訃報に接し
誰の訃報に接しても残念なものです。
あの輝かしい経歴を持った人が
どうして死ななければならなかったのか、
遺憾に思う人も多くいると思います。
順風満帆な人生を歩んできたから
挫折を知らなかったのか。
彼らもまた生きやすいようで
生きにくい時代に翻弄されてしまったのかもしれません。
今は雑草より温室育ちのほうが多数派だと
自戒をこめて思います。