宝筐院(ほうきょういん)1
今年の紅葉で一番きれいだったのは、
洛北とこの宝筐院(ほうきょういん)でした。
人の多い渡月橋からは少し離れているのですが、
よく雑誌などでも紹介されているので、そこそこ人がいました。
なので、人が写りこんでしまう。
宝筐院は臨済宗の単立寺院で、もとは白河天皇の勅願寺である、
善入寺といい、住持として皇族が入りましたが、すたれてしまいました。
その後夢窓国師の高弟 黙庵周諭禅師が入寺し、
衰退していた寺を復興させました。
黙庵に帰依していた二代将軍足利義詮(あしかが・よしあきら)は、
伽藍整備に力をいれました。
しかし、また幕末に衰退。
楠正成の息子 正行ゆかりの寺として、明治期にまた復興されました。
紅葉がふかふかの苔の上に落葉するのが、また良し。
本堂から外を見ている人が何人かいました。
中から見ると、
一段ときれい
いっぱい撮ったので、つづきます。
洛北とこの宝筐院(ほうきょういん)でした。
人の多い渡月橋からは少し離れているのですが、
よく雑誌などでも紹介されているので、そこそこ人がいました。
なので、人が写りこんでしまう。
宝筐院は臨済宗の単立寺院で、もとは白河天皇の勅願寺である、
善入寺といい、住持として皇族が入りましたが、すたれてしまいました。
その後夢窓国師の高弟 黙庵周諭禅師が入寺し、
衰退していた寺を復興させました。
黙庵に帰依していた二代将軍足利義詮(あしかが・よしあきら)は、
伽藍整備に力をいれました。
しかし、また幕末に衰退。
楠正成の息子 正行ゆかりの寺として、明治期にまた復興されました。
紅葉がふかふかの苔の上に落葉するのが、また良し。
本堂から外を見ている人が何人かいました。
中から見ると、
一段ときれい
いっぱい撮ったので、つづきます。