西国二十九番札所 松尾寺
霊峰青葉山は別名 北比叡とか、若狭富士とか呼ばれているそうです。
うーん、やっぱり自衛隊から撮ったのは、違う山だったみたい。
若狭高浜HPより福井側から見た青葉山699m
火山活動でできた山で、
昔は修行の場として、護摩をたいたりしたそうです。
やっぱり霊山って、元火山が多いですね。
富士なくば 富士とやいわん 若狭なる
青葉の山の 雪のあけぼの
御陽成天皇皇子・八条王子
って、桂離宮作った智仁親王のことですよね。
いつしかと 花の木末も
青葉山 なべて緑の
色も涼しき
(幽 斉)
舞鶴 田辺城おられた細川幽斎(細川ガラシアの舅)、忠興父子も詠んでいます。
その中腹にある松尾寺
708年 唐の僧、威光上人が青葉山の二つの峰を望んで、
中国に山容の似た馬耳山という霊験のある山があったことを想起されました。
登山したところ、松の大樹の下に馬頭観音を感得し、草庵をを結ばれました。
度重なる火災にみまわれたが、本堂は京極家、細川家などに再興され、
現在の本堂は1730年牧野永成により建築。
彫り物とかがすごいです。
獏ですね。
京都市内のお寺に比べると雪のせいか、山の中だからか、傷みがひどい。
霊獣が彫られているということは、これは麒麟か?
ご本尊の馬頭観音さまは3年前の開山1300年のときにご開帳があったそうです。
夕方だったので、お片づけをされていたのは、ご住職さまなんでしょうね。
「あと29年後に来て下さい。(息子に)そのときは、お母さん連れてきてあげるんやで」
と、言われました。
29年後って、いるんでしょうか。。。
30年前ってそれほど昔でなくなってきているけど、
30年後って想像できない。
五色のひもがご本尊と結んであるので、握って帰ってくださいとも言われました。
西日に苔がきれいでしたが、光がまだ強すぎました。
こんな地方で経蔵があるのはめずらしいそうです。
寺務所の前の庭園
鶴島と亀島だそうです。
勅旨門ぽい門の反対にりっぱな建物がありました。
境内案内図とかがないので、わからないけれど、
書院とか、客殿にあたるものなのでしょう。
このような田舎のお寺ですが、
国宝の普賢菩薩像(絹本)があります。
重文もいろいろ
鳥羽天皇が1119年行幸された際(伝説)にもたらされたとか、
美福門院の持仏で、その後につかわされたとか
言い伝えがあるそうです。
宝物殿の秋季公開に来ることができたらよかったなあと思います。
うーん、やっぱり自衛隊から撮ったのは、違う山だったみたい。
若狭高浜HPより福井側から見た青葉山699m
火山活動でできた山で、
昔は修行の場として、護摩をたいたりしたそうです。
やっぱり霊山って、元火山が多いですね。
富士なくば 富士とやいわん 若狭なる
青葉の山の 雪のあけぼの
御陽成天皇皇子・八条王子
って、桂離宮作った智仁親王のことですよね。
いつしかと 花の木末も
青葉山 なべて緑の
色も涼しき
(幽 斉)
舞鶴 田辺城おられた細川幽斎(細川ガラシアの舅)、忠興父子も詠んでいます。
その中腹にある松尾寺
708年 唐の僧、威光上人が青葉山の二つの峰を望んで、
中国に山容の似た馬耳山という霊験のある山があったことを想起されました。
登山したところ、松の大樹の下に馬頭観音を感得し、草庵をを結ばれました。
度重なる火災にみまわれたが、本堂は京極家、細川家などに再興され、
現在の本堂は1730年牧野永成により建築。
彫り物とかがすごいです。
獏ですね。
京都市内のお寺に比べると雪のせいか、山の中だからか、傷みがひどい。
霊獣が彫られているということは、これは麒麟か?
ご本尊の馬頭観音さまは3年前の開山1300年のときにご開帳があったそうです。
夕方だったので、お片づけをされていたのは、ご住職さまなんでしょうね。
「あと29年後に来て下さい。(息子に)そのときは、お母さん連れてきてあげるんやで」
と、言われました。
29年後って、いるんでしょうか。。。
30年前ってそれほど昔でなくなってきているけど、
30年後って想像できない。
五色のひもがご本尊と結んであるので、握って帰ってくださいとも言われました。
西日に苔がきれいでしたが、光がまだ強すぎました。
こんな地方で経蔵があるのはめずらしいそうです。
寺務所の前の庭園
鶴島と亀島だそうです。
勅旨門ぽい門の反対にりっぱな建物がありました。
境内案内図とかがないので、わからないけれど、
書院とか、客殿にあたるものなのでしょう。
このような田舎のお寺ですが、
国宝の普賢菩薩像(絹本)があります。
重文もいろいろ
鳥羽天皇が1119年行幸された際(伝説)にもたらされたとか、
美福門院の持仏で、その後につかわされたとか
言い伝えがあるそうです。
宝物殿の秋季公開に来ることができたらよかったなあと思います。