六波羅寺
六道珍皇寺の帰り、六波羅密寺の前を通りかかりました。
西國第十七番札所で、都七福神の弁財天をお祀りしています。
前にお参りしたのは六道まいりのときで、(萬燈会といいます。)
こちらでも迎え鐘をつかせていただきました。
こちらの鐘も綱をひっぱって鳴らします。
(ふだんはありません。)
ここの仏像がすばらしいと友人が言っていたのを思い出しましたので、
友人と拝見することに。。。
ほとんど写真は撮っていません。
唯一この1枚は若い人がいっぱい座っていたので、
カメラを上に向けています。
こちらでまず有名なのは、歴史の教科書に載っている
空也上人立像
愛子さんの仏像はんこより。。。
六波羅蜜寺は空也上人の開かれたお寺です。
この空也像はお隣の学校の建設中に振動で
ゆがみが生じたとかで、免震台に載っていらっしゃいました。
空也上人は醍醐天皇の皇子だったんですね。
疫病が流行ったときに、空也上人が病人に梅と昆布のお茶を飲ませたところ
病魔がおさまった。
その故事にちなんで正月3が日には皇服茶という梅昆布茶が授与されています。
このお寺にも閻魔さまもおられたので、いっしょに。。。
この閻魔様はもしかしたら、六道珍皇寺の閻魔さまかもしれませんが。。。
千本えんま堂にもそれはそれは大きい閻魔さまがおられます。
閻魔様って、お地蔵様の化身だそうです。
そのせいかお地蔵様も二体おられました。
お地蔵さまにしては珍しく坐像なのです。
運慶の作で、夢の中に出てきて彫られたことから
夢見地蔵とも呼ばれます。
ここの受付の人がそのようなお話を聞かせてくださいました。
他にも教科書に載っている像が三つあること。
空也上人でしょ。そして平清盛
パンフより
もうひとつは何だったかな。
運慶坐像かな。
むかしはたくさんの塔頭をもつ、それは広大なお寺だったそうで、
運慶の菩提寺もここだったことから、脇侍のように祀られていたそうです。
画像にはありませんが、井伊家佐和山(彦根)藩初代藩主の井伊直政の坐像がありました。
菩提を弔うために二代藩主直孝が六波羅密寺に納めたそうです。
以降の藩主の坐像は彦根にあるそうですが、初代だけはここにあるそうです。
そう思うと一昨日彦根城博物館に行く時間がなくて、残念です。
残りの藩主の坐像は博物館にあったのかなあ。
西國第十七番札所で、都七福神の弁財天をお祀りしています。
前にお参りしたのは六道まいりのときで、(萬燈会といいます。)
こちらでも迎え鐘をつかせていただきました。
こちらの鐘も綱をひっぱって鳴らします。
(ふだんはありません。)
ここの仏像がすばらしいと友人が言っていたのを思い出しましたので、
友人と拝見することに。。。
ほとんど写真は撮っていません。
唯一この1枚は若い人がいっぱい座っていたので、
カメラを上に向けています。
こちらでまず有名なのは、歴史の教科書に載っている
空也上人立像
愛子さんの仏像はんこより。。。
六波羅蜜寺は空也上人の開かれたお寺です。
この空也像はお隣の学校の建設中に振動で
ゆがみが生じたとかで、免震台に載っていらっしゃいました。
空也上人は醍醐天皇の皇子だったんですね。
疫病が流行ったときに、空也上人が病人に梅と昆布のお茶を飲ませたところ
病魔がおさまった。
その故事にちなんで正月3が日には皇服茶という梅昆布茶が授与されています。
このお寺にも閻魔さまもおられたので、いっしょに。。。
この閻魔様はもしかしたら、六道珍皇寺の閻魔さまかもしれませんが。。。
千本えんま堂にもそれはそれは大きい閻魔さまがおられます。
閻魔様って、お地蔵様の化身だそうです。
そのせいかお地蔵様も二体おられました。
お地蔵さまにしては珍しく坐像なのです。
運慶の作で、夢の中に出てきて彫られたことから
夢見地蔵とも呼ばれます。
ここの受付の人がそのようなお話を聞かせてくださいました。
他にも教科書に載っている像が三つあること。
空也上人でしょ。そして平清盛
パンフより
もうひとつは何だったかな。
運慶坐像かな。
むかしはたくさんの塔頭をもつ、それは広大なお寺だったそうで、
運慶の菩提寺もここだったことから、脇侍のように祀られていたそうです。
画像にはありませんが、井伊家佐和山(彦根)藩初代藩主の井伊直政の坐像がありました。
菩提を弔うために二代藩主直孝が六波羅密寺に納めたそうです。
以降の藩主の坐像は彦根にあるそうですが、初代だけはここにあるそうです。
そう思うと一昨日彦根城博物館に行く時間がなくて、残念です。
残りの藩主の坐像は博物館にあったのかなあ。