相国寺塔頭 慈照院 | 烏丸ママのブログ

相国寺塔頭 慈照院

京都冬の旅の特別公開は終了しましたが、
その間に訪れた慈照院です。
よく通り抜ける相国寺ですが、慈照寺ってあまりみたことがない。
と、思ったら、境外にある烏丸通沿いの塀がそうでした。

銀閣寺の正式名称は慈照寺じゃなかったかしら?
と、思うと、銀閣寺を建てた足利義政ゆかりの寺で、
義政の法号 慈照院から由来します。
桂離宮で有名な桂宮家の菩提所で
八世の仏性本源国師は桂宮さまから、学問所を下賜され
それがこちらの書院 棲碧軒になっています。↓
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皇族の菩提所は宮内庁の管轄で、
京都のあちこちにxx天皇のxx(たとえば、髷塚や火葬塚)や、
親王などの墓所などにこのような宮内庁の看板があります。
桂宮家墓所
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お庭が手入れがよく行き届いてとてもきれいでした。

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貴人はここから入りますが、我々は通りすぎます。

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舟の形をした陸船松
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隣の中学校が借景???
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禅宗の方丈庭園って、枯山水だとばかり思っていましたが、
そうとも限らないのですね。

本堂には、足利義政の坐像が安置されています。
撮影は禁止されていますが、
こちらのみどころはお茶室 頤神室(いしんしつ)
国師と交流のあった利休の孫「宗旦好みの席」とも呼ばれ、「宗旦狐」の掛軸があります。
宗旦狐は宗旦に化けてお茶会に出たが、だれも気づかなかったいわれている狐です。
お茶室の布袋像の首は利休の首とすげ替えられるようになっています。
当時は堂々と利休を祀れなかったのですね。
このお茶室には靴を脱いで庭から行くのですが、とてもきれいな庭でした。
(烏丸通に面していて)いつも通る壁の向こうにこんな庭があったとは。。。

この寺の僧侶は朝鮮通信使(江戸時代に派遣された朝鮮からの使者)にも
貢献していて、こんな看板が出ていました。
対馬には朝鮮との外交窓口がおかれ、
そこで輪番で、外交文書の起草、翻訳をする役割の僧が派遣されていたそうです。
僧というのはいろんな役割を担っていたのですね。
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