聖護院しょうごいん
うちの前を通る山伏装束の人たち
《聖護院》と、書いてありました。
聖護院は山伏で知られる本山修験道の総本山。
代々皇室や摂家から門主を迎えた門跡寺院です。
かつては深い森に囲まれていたことから
森御殿と呼ばれました。
(京都にはいくつか森がありましたが、
今残っているのは糺の森だけだそうです。)
左手は松ですが、右は何の木かな?
松かと思ったら、葉は松というよりイチイみたいに平べったいの。
中は狩野派の絵師によってたくさんの障壁画が描かれており、見ごたえがあります。
撮影はできませんので、遠めに受付を撮りました。
後ろに松が見えます。
宸殿しんでん
江戸時代に起こった二度の大火で御所が焼けたため、
光格天皇や孝明天皇がこちらを仮御所として、政務を執り行いました。
当時皇太子の明治天皇も避難されています。
真ん中にある四角い石のところで護摩が焚かれます。
市松模様がきれいですね。
階段の金具の装飾もすてきです。
奥の建物が本堂
ご本尊は不動明王です。
書院(重要文化財)
江戸初期に御所から移築された数奇屋風の建物。
後水尾天皇の側室のお部屋だったそうです。
松村呉春と弟 景文の描いた床の間の画
(どの側室なのかは、知りません。
後水尾天皇の中宮は徳川秀忠の娘 和子まさこでしたが、
いっぱい側室がおられました。)
この中でも《大奥》の撮影がされたようです。
聖護院にはりっぱな宿泊施設 御殿荘もあります。
お食事だけもよいようです。
またアクセスしてみてください。
2月3日の節分にはまた護摩焚があるようです。
山伏に興味のある方はどうぞ!
《聖護院》と、書いてありました。
聖護院は山伏で知られる本山修験道の総本山。
代々皇室や摂家から門主を迎えた門跡寺院です。
かつては深い森に囲まれていたことから
森御殿と呼ばれました。
(京都にはいくつか森がありましたが、
今残っているのは糺の森だけだそうです。)
左手は松ですが、右は何の木かな?
松かと思ったら、葉は松というよりイチイみたいに平べったいの。
中は狩野派の絵師によってたくさんの障壁画が描かれており、見ごたえがあります。
撮影はできませんので、遠めに受付を撮りました。
後ろに松が見えます。
宸殿しんでん
江戸時代に起こった二度の大火で御所が焼けたため、
光格天皇や孝明天皇がこちらを仮御所として、政務を執り行いました。
当時皇太子の明治天皇も避難されています。
真ん中にある四角い石のところで護摩が焚かれます。
市松模様がきれいですね。
階段の金具の装飾もすてきです。
奥の建物が本堂
ご本尊は不動明王です。
書院(重要文化財)
江戸初期に御所から移築された数奇屋風の建物。
後水尾天皇の側室のお部屋だったそうです。
松村呉春と弟 景文の描いた床の間の画
(どの側室なのかは、知りません。
後水尾天皇の中宮は徳川秀忠の娘 和子まさこでしたが、
いっぱい側室がおられました。)
この中でも《大奥》の撮影がされたようです。
聖護院にはりっぱな宿泊施設 御殿荘もあります。
お食事だけもよいようです。
またアクセスしてみてください。
2月3日の節分にはまた護摩焚があるようです。
山伏に興味のある方はどうぞ!
