豊国神社 | 烏丸ママのブログ

豊国神社

車が修理が帰ってきました。
別に無くても公共交通機関を使えばいいんだけど、
ないならないで、何か不安です。
緊急に必要になったらどうしよう?
持つものが増えると、憂いも増える
と思います。
修理代は他店の見積もりの半額以下
本来はバンパーなどの取替えが必要ですが、
打ち出してくれたので、安く上がりました。
ただ、夫がこちゃこちゃ改造をしているため
ものすごく手間だったみたいです汗
「取り替えたほうが楽やし、
売り上げもの上がるから、
うちみたいに手間暇掛けて打ち出す職人は、もうあらしません。」
職業病なのでしょう。
腰がくの字に曲がって、私の肩ほどの背丈しかない老修理工
いつまでもがんばってください。

で、こちらは豊臣秀吉公を祀った七条にある豊国神社
《ほうこく》とも、《とよくにじんじゃ》とも呼ばれます。
三十三間堂や国立博物館のそばにあります。
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手水所
豊臣家の桐紋がついています。
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1598年創建されましたが、大阪夏の陣の後、徳川家康により取り壊され、
近所の妙法院に行くと、こちらの宝物をたくさん保管されていました。
家康は豊臣家に対して、容赦ない仕打ちをしていますが、
秀吉正室のねねに対しては、大変手厚いところにギャップを感じます。

明治天皇により再興されました。
唐門は伏見城の遺構で国宝です。
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彫刻がすごいです。
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ここは神社なのに、石垣がすごくて、お城を思わせます。
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大仏殿石垣と、いうそうです。
以下コピペ
方広寺大仏殿の造営は、天正14年(1586年)、関白の座についたばかりの秀吉によって始められました。この時聚楽第をも同時に造営を開始した秀吉の力は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったのでしょう。

この大仏殿の土台となる石垣を、秀吉は諸大名に命じて天下普請により築かせました。
後世の盗難や散失を心配した秀吉は、小さい石を良しとせず、諸大名に命じて各地から巨石中の巨石を集めさせ石垣を築きました。石垣の巨石の中には大名の家紋が刻印されているものもあります。
この石垣の中でも特に大きいといわれる石は蒲生氏郷と前田利長が運んだ石の2つだと言われています。

帰ってきてから調べたので、気づきませんでしたが、
大名の紋の刻印があるようです。
今度行ったら、よく見てみたいと思います。 

ちなみに方広寺は豊国神社の北側にあり、
家康の豊臣攻めの口実になった、国家安康の鐘も見ることができます。