大徳寺 真珠庵
今日は大阪まで行っていましたが、
いつも東寺の前で信号にひっかかります。
あれ、写真見て気づきましたが、
塔のところに何かひっかかっています!
飛行船 飛んでいたんだ
気づきませんでした。
本題の大徳寺 真珠庵です。
とんちで有名な一休さんの建てられた塔頭です。
一休さんは応仁の乱で荒れ果てた大徳寺を再興した
中興の祖として、知られています。
11月に特別公開されていましたので、
行きましたが、特別公開期間が短くて、人が多くて
トコロテンのように押し出されました。
大徳寺の庫裏はどこも?かまどと火の焚き口が別々になっていますね。
火番寮(かばんりょう=火の係)と、典坐寮(てんぞりょう=お食事係)が別にいたのでしょう。
ここの襖絵は曽我蛇足と長谷川等伯の現物が見られます。
(ここで見たのを曽我蕭白だと勘違いしまして、
京都検定で間違えてしまいました。
とっととブログアップしていたら、間違えなかったのにね。
またこの真珠庵には紫式部 産湯の井があります。
大徳寺のあるこの地は紫野と呼ばれます。
そこで生まれたので、紫と呼ばれるようになったと、
雲林院だったか、どこかで読んだ気がします。
(ウィキでは《紫の上》から、紫式部になったようだと書いてあります。)
何年かに1度は公開されていますので、
ぜひ足を運んでみてください。
いつも東寺の前で信号にひっかかります。
あれ、写真見て気づきましたが、
塔のところに何かひっかかっています!
飛行船 飛んでいたんだ

気づきませんでした。
本題の大徳寺 真珠庵です。
とんちで有名な一休さんの建てられた塔頭です。
一休さんは応仁の乱で荒れ果てた大徳寺を再興した
中興の祖として、知られています。
11月に特別公開されていましたので、
行きましたが、特別公開期間が短くて、人が多くて
トコロテンのように押し出されました。
大徳寺の庫裏はどこも?かまどと火の焚き口が別々になっていますね。
火番寮(かばんりょう=火の係)と、典坐寮(てんぞりょう=お食事係)が別にいたのでしょう。
ここの襖絵は曽我蛇足と長谷川等伯の現物が見られます。
(ここで見たのを曽我蕭白だと勘違いしまして、
京都検定で間違えてしまいました。
とっととブログアップしていたら、間違えなかったのにね。
またこの真珠庵には紫式部 産湯の井があります。
大徳寺のあるこの地は紫野と呼ばれます。
そこで生まれたので、紫と呼ばれるようになったと、
雲林院だったか、どこかで読んだ気がします。
(ウィキでは《紫の上》から、紫式部になったようだと書いてあります。)
何年かに1度は公開されていますので、
ぜひ足を運んでみてください。

