高桐院の紅葉
大徳寺 塔頭高桐院は細川家の菩提寺です。
細川忠興が父の幽斎の菩提を弔うために
幽斎の弟である玉甫和尚様を開祖として、建てられれました。
私が歴史小説を読み始めたのは、
司馬遼太郎についで、三浦綾子の《細川ガラシャ夫人》がきっかけなので、
結構思い入れのあるお寺です。
美しい紅葉ですっかり有名です。
左は紅葉ですが、右手はドウダンです。
細川忠興作の茶室 松向軒の横です↑
忠興は茶人としても有名で、利休七哲の1人です。
こちらは三斎(忠興)井戸 後ろが本堂
スローシャッターのため、ぶれてしましましたが、
加藤清正公が朝鮮より持ち帰ったつくばい
黄梅院の鐘も、総見院の井戸枠も加藤清正公だって!
細川家墓所から
こちらが天下一とよばれる有名な燈篭で、細川忠興夫妻の墓
この燈篭 後ろがかけているのおわかりでしょうか?
豊臣秀吉がほしがったため、
千利休がわざとかけさせて、
「これは疵物なので、差し上げられません」
と、ことわったそうです。
微妙な関係がこのへんからもわかりますね。。。
そして、こちらは忠興への形見となったそうです。
忠興はこの燈篭を墓石にするように遺言したということです。
細川ガラシャ夫人は関が原前夜
石田三成の人質になることを拒んで
自刃(クリスチャンは自殺できないので、家来が突いた)享年37歳
忠興は83歳の天寿をまっとうされました。
舞鶴に行った時(細川家ゆかりの田辺城)大河でとりあげてもらおうと
署名活動をされていました。
実現するのでしょうか。
細川忠興が父の幽斎の菩提を弔うために
幽斎の弟である玉甫和尚様を開祖として、建てられれました。
私が歴史小説を読み始めたのは、
司馬遼太郎についで、三浦綾子の《細川ガラシャ夫人》がきっかけなので、
結構思い入れのあるお寺です。
美しい紅葉ですっかり有名です。
左は紅葉ですが、右手はドウダンです。
細川忠興作の茶室 松向軒の横です↑
忠興は茶人としても有名で、利休七哲の1人です。
こちらは三斎(忠興)井戸 後ろが本堂
スローシャッターのため、ぶれてしましましたが、
加藤清正公が朝鮮より持ち帰ったつくばい
黄梅院の鐘も、総見院の井戸枠も加藤清正公だって!
細川家墓所から
こちらが天下一とよばれる有名な燈篭で、細川忠興夫妻の墓
この燈篭 後ろがかけているのおわかりでしょうか?
豊臣秀吉がほしがったため、
千利休がわざとかけさせて、
「これは疵物なので、差し上げられません」
と、ことわったそうです。
微妙な関係がこのへんからもわかりますね。。。
そして、こちらは忠興への形見となったそうです。
忠興はこの燈篭を墓石にするように遺言したということです。
細川ガラシャ夫人は関が原前夜
石田三成の人質になることを拒んで
自刃(クリスチャンは自殺できないので、家来が突いた)享年37歳
忠興は83歳の天寿をまっとうされました。
舞鶴に行った時(細川家ゆかりの田辺城)大河でとりあげてもらおうと
署名活動をされていました。
実現するのでしょうか。