御霊神社の句碑
10年ほど前 作家(故人)の秘書をしていた友人が
京都まで句碑を取材に来たついでに、訪ねてきてくれました。
取材対象の神社ではないけれど、
近くにある御霊神社の句碑もついでに見に行きました。
上御霊神社 南門
伏見城の遺構と伝えられる
広辞苑 編纂者 新村出氏の歌碑
ちはやぶる 神のみめぐみ深くして 八十ぢに満つる幸を得にけり
近くに新村出旧宅があり、新村文庫となっています。
よくお参りにこられていたようです。
松尾芭蕉句碑
俳聖松尾芭蕉は元禄3年(1690)に参詣「半日は神を友にや年忘」の句を奉納
ホントに芭蕉というひとはどこに行っても句碑がありますね。
松尾芭蕉 忍者説もうなづけます。
富士谷御杖
富士谷御杖は江戸時代の著名な国学者で(私は知りませんが。。。)
詩は本殿造営(文政年間)に際し、寄せられたもの
wikiをのぞいてみました。
『古事記』は、言霊の霊妙な力によって古代人の心を様々な説話として表現したものであるから、その記載されていることが実在する事実とする本居宣長 の解釈は不合理であると批判し、日本神話についての新しい解釈法を打ち出した
普段は素通りする、句碑や歌碑ですが、よく見ると発見があります。
お天気が悪かったので、かなり画像が暗いのですが、
いつもの本殿裏は光があふれているのです。
まだ青々とした紅葉も来月になると、紅葉するのでしょうね。
京都まで句碑を取材に来たついでに、訪ねてきてくれました。
取材対象の神社ではないけれど、
近くにある御霊神社の句碑もついでに見に行きました。
上御霊神社 南門
伏見城の遺構と伝えられる
広辞苑 編纂者 新村出氏の歌碑
ちはやぶる 神のみめぐみ深くして 八十ぢに満つる幸を得にけり
近くに新村出旧宅があり、新村文庫となっています。
よくお参りにこられていたようです。
松尾芭蕉句碑
俳聖松尾芭蕉は元禄3年(1690)に参詣「半日は神を友にや年忘」の句を奉納
ホントに芭蕉というひとはどこに行っても句碑がありますね。
松尾芭蕉 忍者説もうなづけます。
富士谷御杖
富士谷御杖は江戸時代の著名な国学者で(私は知りませんが。。。)
詩は本殿造営(文政年間)に際し、寄せられたもの
wikiをのぞいてみました。
『古事記』は、言霊の霊妙な力によって古代人の心を様々な説話として表現したものであるから、その記載されていることが実在する事実とする本居宣長 の解釈は不合理であると批判し、日本神話についての新しい解釈法を打ち出した
普段は素通りする、句碑や歌碑ですが、よく見ると発見があります。
お天気が悪かったので、かなり画像が暗いのですが、
いつもの本殿裏は光があふれているのです。
まだ青々とした紅葉も来月になると、紅葉するのでしょうね。