等持院のひみつ  | 烏丸ママのブログ

等持院のひみつ 

意味ありげなタイトルですが、《等持院》
ってするよりも、何かなって感じでしょ(*゚.゚)ゞ

立命館の隣と聞いていましたが、奥まったところにあり、
どこが入り口かよくわかりませんでした。
このあたり立命館の学生がうじゃうじゃいます。
昔は寺域が広く、堀があったので、石橋だけが残っています。
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等持院は足利尊氏の墓所であり、その名は戒名から由来します。
足利将軍家の菩提寺相国寺と万年山という山号は同じですが、
こちらは夢窓国師の開山で天龍寺派のお寺です。
お隣の真如寺もやはり万年山
真如寺で尊氏の葬儀が催されたことから、
等持院はもともと真如寺の塔頭の一つで、
心字池までは真如寺の寺域であったのではないかといわれています。
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庫裏
おくどさんがあるので、煙が出るように必ずふきぬけになっています。
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大きな達磨大師の画が迎えてくれます。
そのときの心境によって、怒って見えたり、にらまれたりするので、
よくごらんください。
方丈は妙心寺 海福院から19世紀初頭に移築されたもの。
襖絵は狩野興以のもので、10月6日から(だったと思う)の寺宝展で公開される予定。
それにあわせて、床の工事中でした!
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この右手の杉板には鶏の画がかかれていますが、
陽に焼けて、ほとんど見えません。
「それはそれでまたよし。修復の予定はありません」
とのことでした。
そうですね。
方丈庭園
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もうすぐしたら、この紅葉がきれいでしょう。

霊光殿

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この中には歴代の足利将軍の木像が並んでいます。
但し二人抜けている方があります。
動乱の時代だけに、上洛することもなかった将軍が仲間にいれてもらえなかったみたい。
あと、子どものまま10歳でなくなられたのが、足利義勝
一人だけ子どもの坐像なので、一番に目に入りました。
はっきり言って、あまり足利将軍ってなじみがないんですよね。。。
でもなぜか、徳川家康がまじってる!
神仏分離で明治に石清水八幡宮から移されたそうです。

そして一番奥まったところにお地蔵様
とても姿のいいお地蔵様で、空海の作といわれています。
それが証明されると、博物館行きになるので、調査はされていないそうです。
確かにお顔が空海の顔に似ているので、
私は本当に空海が彫られたのではないかと思いました。
その横におられた夢窓国師の像も慈悲深く、なで肩のやさしいお姿でした。

足利尊氏の墓所
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足利尊氏の話ってほとんど知りません。
よく教科書に載っているあの画も本人かどうかわからないんですよね?
私の歴史の弱点は室町時代で全然知りません。
これを機会にちょっと勉強してみます。

お庭もすばらしかったので、つづく。。。