旧社家 梅辻家
上賀茂神社の前には社家町があります。
社家というのは、代々神社に仕え、神事や運営を続けてきた家です。
明治維新までは世襲でしたが、明治4年の国家神道令により、
世襲は廃止されました。
明治以前には140軒の社家があり、
本社を始め摂社、末社の神事を執り行っていました。
京都夏の旅では、上賀茂神社の社家 梅辻家が公開されています。
梅辻家はその中でも、上賀茂神社の神主に就任することができた
賀茂七家のひとつです。
他の六家が移転する中 梅辻家は唯一の遺構となりました。
正面は貴人をお迎えする式台(表玄関)
主屋は切り妻造りで、屋根の高さは上賀茂神社の一の鳥居より
低くしなければいけないそうです。
こちらが内玄関で鳥居型
中は今も普段は生活されているそうで、大変質素です。
撮影禁止なので、外から撮影した書院
こちらの神職は御所にお仕えしておられ、御所の学問所を移築したと
言われています。
鬼瓦は、梅辻家の家紋 松皮菱が施されています。
水はけがよいように、建てられているそうなのですが、
床下をのぞきこむと、基礎にのっかっているだけのようで、
なかなか柱などもやせていて、
耐震性はないと思いました。
できるだけ早く手を打ってほしいなあと思います。
こういう家に住むのは大変なことだと思いますが、
大事にされながら、住んでおられるのだと感じました。
社家というのは、代々神社に仕え、神事や運営を続けてきた家です。
明治維新までは世襲でしたが、明治4年の国家神道令により、
世襲は廃止されました。
明治以前には140軒の社家があり、
本社を始め摂社、末社の神事を執り行っていました。
京都夏の旅では、上賀茂神社の社家 梅辻家が公開されています。
梅辻家はその中でも、上賀茂神社の神主に就任することができた
賀茂七家のひとつです。
他の六家が移転する中 梅辻家は唯一の遺構となりました。
正面は貴人をお迎えする式台(表玄関)
主屋は切り妻造りで、屋根の高さは上賀茂神社の一の鳥居より
低くしなければいけないそうです。
こちらが内玄関で鳥居型
中は今も普段は生活されているそうで、大変質素です。
撮影禁止なので、外から撮影した書院
こちらの神職は御所にお仕えしておられ、御所の学問所を移築したと
言われています。
鬼瓦は、梅辻家の家紋 松皮菱が施されています。
水はけがよいように、建てられているそうなのですが、
床下をのぞきこむと、基礎にのっかっているだけのようで、
なかなか柱などもやせていて、
耐震性はないと思いました。
できるだけ早く手を打ってほしいなあと思います。
こういう家に住むのは大変なことだと思いますが、
大事にされながら、住んでおられるのだと感じました。