伏見稲荷 御茶屋
伏見稲荷の重要文化財 御茶屋です。
にじり口を持たない書院式の茶室の移行だそうです。
1641年に後水尾院が、院に仕えていた
伏見稲荷大社の★目代 羽倉延次に下賜したものです。
★神職には神主、御殿預、目代、禰宜、祝などがあり、西羽倉家は目代を世襲していたようです。
御茶屋北側
中は撮影禁止なので、外観のみ。
この茶屋は、書院造が数寄屋造りに変化していく過程を示す重要な遺構だそうです。
と、いわれてもよくわかりませんね。。。
書院造は武士クラスの形式ばった造りであるのに対し、
数寄屋造りは茶室に代表される格式や形式を排除したシンプルな造りです。
(で、いいかな?)
でっかい手水鉢の向こうにあるのは、明治に建てられた社家ですが、
襖がすべて棟方志功という贅沢なもの。
肉眼だと見えているのですが、写真だと暗くてわかりません。
意外と中は広いです。
庭園は小川治兵衛の流れを汲む者が作庭したでしょう
ということでした。
水がないのが残念ですね。
確かにこの石の使い方が植治っぽいと思いました。
特別公開は9月30日までです。
にじり口を持たない書院式の茶室の移行だそうです。
1641年に後水尾院が、院に仕えていた
伏見稲荷大社の★目代 羽倉延次に下賜したものです。
★神職には神主、御殿預、目代、禰宜、祝などがあり、西羽倉家は目代を世襲していたようです。
御茶屋北側
中は撮影禁止なので、外観のみ。
この茶屋は、書院造が数寄屋造りに変化していく過程を示す重要な遺構だそうです。
と、いわれてもよくわかりませんね。。。
書院造は武士クラスの形式ばった造りであるのに対し、
数寄屋造りは茶室に代表される格式や形式を排除したシンプルな造りです。
(で、いいかな?)
でっかい手水鉢の向こうにあるのは、明治に建てられた社家ですが、
襖がすべて棟方志功という贅沢なもの。
肉眼だと見えているのですが、写真だと暗くてわかりません。
意外と中は広いです。
庭園は小川治兵衛の流れを汲む者が作庭したでしょう
ということでした。
水がないのが残念ですね。
確かにこの石の使い方が植治っぽいと思いました。
特別公開は9月30日までです。

