ジロウがいない | 烏丸ママのブログ

ジロウがいない

ジロウが寮に入って今日で1週間。
まだジロウのいない生活に慣れない。
桜を追いかけながらも、
心を占めているのは子供のこと。
今まで末っ子のことだけ心配していたが、
今は三人の心配をしている。

もしかしたら、一番今心がアップなのは、末っ子かもしれない。
タロウの入学式に出ながら、
卒業式には出なかった涙がポロリ汗
「ジロウも同じ高校でもよかったんではないか」とか。。。

昨日もジロウが行くはずの高校の制服を着た子とすれ違い
胸がキュンとなった。
ジロウが行くはずだった高校のある寺の前を通ると、
やっぱり胸がキュンとなる。
この寺は私の庭になるはずだったのにな。

一方お神酒徳利のようだったタロウも
一緒にお風呂に入る相手がいないので、
末っ子に
「風呂はいろうぜ」
と、言っては断られている。
(不登校児はお風呂に入る気力がないので、毎日入らない。)

3個入りプリンを買っても1個あまってしまうのが寂しい。

こんな本を買ってみた。
「しつこい怒り」が消えてなくなる本/石原加受子
¥1,470
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作者の言っていることに矛盾を感じたりする部分もありますが、
これっていけないことだったの?
というところがありました。
実際私はよくこういうことを言います。
親「今日は寒いからコートを着ていくといいよ」
子(寒かったら、自分で加減するよ)
親「冷蔵庫に卵焼きがあるから、食べて行き」
子(見たらわかるわ。)

親は愛情のつもりでも、子どもには指示命令に聞こえてしまう。
親は一方的、支配的だと気づいていない。
親は「親の言うことにはさからってはいけない」という
社会環境で育ってきているから、押し付けに気づかない
と、筆者はいうのです。
親の時代は《自分の気持ちをみつめる社会環境ではなかった》
と、筆者は言います。

上のような会話はどこの家でもあるのではないでしょうか。
けれども、これは親子が傷つけあうかかわりかたなのだと
筆者は言います。
これは頭においておかなくてはいけないのかなと思います。
《自分自身を認め、自分を尊重する》ことが、
しつこい怒りを解消させる生き方だと筆者はいうのですが、
そのへんがイマイチよく納得がいかなくて、
すんなりこの本を受け入れらない一因になっています。