AIと人間の違いの一つは、
人間はいくらでも想像(妄想)できる、
という点にある。
たとえそれが未だ不確定で、
考えても無駄なことだとしても。
何故かと言えば、自我が無常であり、
如何様にも変化しうる現象であるからだろう。
AIにはパーソナリティの不安定性や、
揺らぎの幅はない。
ただ与えられた情報を処理するだけだろう。
しかしそれは、よい方に捉えれば、
人間は夢を持って、それを追うことができる、
ということでもある。
未だ不確定な、望ましい自分を想像、妄想して、
それを追いかけることができる。
人間は自我が無常であるが故、
「可能世界」という様相を既に有している。
AIに独自に思い悩む、独自に夢を追う、
ということはできないだろう。
もし、それができるようになったらそれは、
人間の自我と同等かもしれない。
ただ、それに必要な要素をインプットするのは
また人間である。
勝手に思い悩むが、
勝手に夢を追うことができる人間。
自我は本来無我であり、自性など無い、
と諦念するのも一つだが、せっかく人間を生きている
のだから、よりよい世界を夢想して、それを追いかける。
それも人間という青春の謳歌じゃないか。
人間という営みの醍醐味だ。
よりよい、より自分らしい可能世界へのシフトを
遠慮なく目指していこう!
正念(正しい念)存続。
それをするには、やっぱり八正道は参考になるかな。
坊主臭い話になっちゃうね。。
「こまけぇこたぁいいんだよ!
レッツゴー!望ましい自分へ!」



