「何があっても大丈夫!」への道(仮) その2 | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

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  ~ The Moon is always with us ~

 

「縁起を知り、他力を思い知る」ことで、もし

「生かされている自分」を感じられたなら、

「何があっても大丈夫。」という心境は、

ふつふつと湧いてくるんじゃないだろうか?

という流れを前回書いた。

 

 

だだ、「縁起や他力」というワードは

ちょっと抹香臭いというか、、

今的には響かないかもしれないので、、

それらを敷衍した別表現もいくつか用意する。

それらも箇条書きで書いておきます。

(基本根本は縁起の法を極めるでいいと思う)

 


1 この世界に意味は無い

イミやカチは人間が意思疎通などの便宜上、

こさえたものである。Man-madeなイミカチは

畢竟無視してよし。↓あるものはある。それだけ。

2 あるものはある。あらぬものはあらぬ。

だだそれだけ。
はっきり言ってどんな状態でも問題ない。
世界には存在の驚きだけがある。

3 死をいたずらに恐れるのは妄想
この世界の意味や価値の体系は、生(死)

という概念を中心にほぼ構築されている。
人間は死を知る存在。死の先駆け。

しかし我々が体験できる体験は、生きている時の

体験だけだから、死は誰にも見えない。

その体験してもいない死について

いたずら恐れるのは勝手に死の妄想に憑りつかれている

無知者のすることだ。

不生不滅。死も生も人間が作った概念で、

我々は生きてもいないし、死んでいもないのかもしれない。
我々は既にあったし、それはこれからもある、

のかもしれない。

小我を超えた視点を維持しよう。

肉体の限定を離れれば、熟睡した夜の心地よさが

永遠にあるだけなのかもしれない。

4 様々な差異(機縁)があり、はじめて宇宙は流動する

差異(違い)があるのは全く問題なし。

世界は遍く対立的調和結合。

5 感情的なわだかまりは知だけでは取りがたい
いくら智慧を得て世界を眺められても、

感情的なわだかまりは残るかもしれない。
そこはもう、明らめて自分を愛するしかない。

一人よしよしをしよう。
そこに誰かがいてくれるとありがたい。
すべては縁あって起こっているから、
自分のせいだけで事が起こっているなんてことは

「絶対にない」ということ。

しかたないね。しょうがないよ。

自分をよしよしして心を軽くして前に進んで行こう。
感情的わだかまりは、感情でこそ効果的に

癒すことができる?

 

6 宇宙は何も考えていない?

宇宙に意味とか価値とかそんなものない。

ただあるだけ。起こったこと。

それは起こりうる出来事で、宇宙からすると

ただ事が起こったというだけ。

意味は人の心の中にある(起こる)。

どんな出来事を経験したとしても、

それ自体に意味などなく、ただ、その経験をした、

というだけに過ぎない、と言える。

ただ押し寄せる情動は抗しがたいので、

大丈夫。愛している。と、よしよししよう。

 

7 我々は既に恵みの大地に立っている

生命は受動で、気づいたら既に与えられている。

自分を包み、育んでくれいてる数多の恵みに

気がつけば、小我の煩いを超えることが

できるかもしれない。

何か迷うことがあったら、数多恵みにに包まれている

自分を感じてみよう。

 

8 自分の中にある「べき」を一つ一つぶち壊していこう

自分の行動を制限しているのは自分自身。

宇宙はあなたに何も禁止していない。

「一時停止マーク」を勝手に目の前に掲げいているのは

自分自身だ。この世界は、無ゆえの可能無限の、

「可能世界」であり、基本、「すべて可能」という

精神を取り戻し、

自分の中にある「べき」や「でなければならない」、

「しなければならない」「できない」を

一つ一つぶち壊していこう。

心に内在する"Have to"をすべて彼方へ放り投げるのだ。

 

 

これは随時追加。

 

↓追加関連記事

 

2023/6/8 追記

 

9 何があっても大丈夫、と思えなくても大丈夫。

我々は痛みや恐怖を有しているのだから、

そう思えなくても仕方ないのさ。

不安になっても問題なし。怖いものは怖いのだ。

明らめて諦めよう。