「縁起を知り、他力を思い知る」ことで、もし
「生かされている自分」を感じられたなら、
「何があっても大丈夫。」という心境は、
ふつふつと湧いてくるんじゃないだろうか?
という流れを前回書いた。
だだ、「縁起や他力」というワードは
ちょっと抹香臭いというか、、
今的には響かないかもしれないので、、
それらを敷衍した別表現もいくつか用意する。
それらも箇条書きで書いておきます。
(基本根本は縁起の法を極めるでいいと思う)
1 この世界に意味は無い
イミやカチは人間が意思疎通などの便宜上、
こさえたものである。Man-madeなイミカチは
畢竟無視してよし。↓あるものはある。それだけ。
2 あるものはある。あらぬものはあらぬ。
だだそれだけ。
はっきり言ってどんな状態でも問題ない。
世界には存在の驚きだけがある。
3 死をいたずらに恐れるのは妄想
この世界の意味や価値の体系は、生(死)
という概念を中心にほぼ構築されている。
人間は死を知る存在。死の先駆け。
しかし我々が体験できる体験は、生きている時の
体験だけだから、死は誰にも見えない。
その体験してもいない死について
いたずら恐れるのは勝手に死の妄想に憑りつかれている
無知者のすることだ。
不生不滅。死も生も人間が作った概念で、
我々は生きてもいないし、死んでいもないのかもしれない。
我々は既にあったし、それはこれからもある、
のかもしれない。
小我を超えた視点を維持しよう。
肉体の限定を離れれば、熟睡した夜の心地よさが
永遠にあるだけなのかもしれない。
4 様々な差異(機縁)があり、はじめて宇宙は流動する
差異(違い)があるのは全く問題なし。
世界は遍く対立的調和結合。
5 感情的なわだかまりは知だけでは取りがたい
いくら智慧を得て世界を眺められても、
感情的なわだかまりは残るかもしれない。
そこはもう、明らめて自分を愛するしかない。
一人よしよしをしよう。
そこに誰かがいてくれるとありがたい。
すべては縁あって起こっているから、
自分のせいだけで事が起こっているなんてことは
「絶対にない」ということ。
しかたないね。しょうがないよ。
自分をよしよしして心を軽くして前に進んで行こう。
感情的わだかまりは、感情でこそ効果的に
癒すことができる?
6 宇宙は何も考えていない?
宇宙に意味とか価値とかそんなものない。
ただあるだけ。起こったこと。
それは起こりうる出来事で、宇宙からすると
ただ事が起こったというだけ。
意味は人の心の中にある(起こる)。
どんな出来事を経験したとしても、
それ自体に意味などなく、ただ、その経験をした、
というだけに過ぎない、と言える。
ただ押し寄せる情動は抗しがたいので、
大丈夫。愛している。と、よしよししよう。
7 我々は既に恵みの大地に立っている
生命は受動で、気づいたら既に与えられている。
自分を包み、育んでくれいてる数多の恵みに
気がつけば、小我の煩いを超えることが
できるかもしれない。
何か迷うことがあったら、数多恵みにに包まれている
自分を感じてみよう。
8 自分の中にある「べき」を一つ一つぶち壊していこう
自分の行動を制限しているのは自分自身。
宇宙はあなたに何も禁止していない。
「一時停止マーク」を勝手に目の前に掲げいているのは
自分自身だ。この世界は、無ゆえの可能無限の、
「可能世界」であり、基本、「すべて可能」という
精神を取り戻し、
自分の中にある「べき」や「でなければならない」、
「しなければならない」「できない」を
一つ一つぶち壊していこう。
心に内在する"Have to"をすべて彼方へ放り投げるのだ。
これは随時追加。
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2023/6/8 追記
9 何があっても大丈夫、と思えなくても大丈夫。
我々は痛みや恐怖を有しているのだから、
そう思えなくても仕方ないのさ。
不安になっても問題なし。怖いものは怖いのだ。
明らめて諦めよう。


