「世界には存在の驚きだけがある」
その「驚き」を、
持ち前の「センスオブワンダー」で、
捕まえに行く。
それが我々に贈られた、
「人生という名のギフト」だ。
人生は宝探し。
地図なら既に持っている。
ほらほら、ポケットに入っている。
何故なら、「何かを分かる」という事は、
即ち「自分の中のイデア想起」であり、
宇宙のすべてを抽象(表象)している
我々は、既に宇宙のイデア(ソース)を
分有しているのだ。
もし、それを理解する
素地すら持っていなければ、
我々は「興味を持つ」という「とっかかり」さえ
かなわないだろう。
Inter-estとは、中間を意味し、つまり我々は、
「わかるとわからないの中間にいる」
「中間存在」であるから、とっかかり(興味)
を持つことができる、というわけだ。
「興味を持つ」、という事は
実はそのことを理解しはじめている。
自分を理解しはじめている。
何かを分かるというのは、
自分の中の隠蔽性の解放なのだ。
逆に何かを教える側にしても、
「教えてやった」、
というよりも、相手に気づくきっかけを
与えたに過ぎない。
病にしても、相手に自然回復力がなければ、
どんな名医でも治せない。
実際、生きる気力がなく、死ぬことを考えている
患者は免疫力がかなり低いという。
ブラックジャックでも治せないだろう。
木彫り人形にいくら
プラトンやアリストテレスが
教えても、何もわかりゃしないのさ。
だから、教える側も、教えらえる側も、
実はそんなに偉そうにしたり、
かしこまったりする必要はない。
お互いがお互いの起動因(生の機縁)に
なっているのだから、
ありがとう、があるだけでいいのだろう。
あなたの心をノックノック。
やあやあ、こんにちは。
それだけの話にした方が、お互い
妙なとらわれが生じず、
さわやかでいいだろう。
人生は宝探し。
地図ならほらほら、ポケットの中に。
持ち前のセンスオブワンダーを胸に、
世界の素晴らしさを捕まえに行こう。

