りんごを食べようか、と思うんだけど、
皮を剝くのはちょっと面倒くさいなー
と思う事がある。
でも他に誰か食べる人がいるなら
剥こうという「気」になる。
「剝いてみますか。」
冬の朝。
眠くて寒くて起きる気になれない。
しかし扉の前で猫が
「にゃーん。(ごはんくれー)」
となると起きる「気」になる。
「へいへい。わかりもうした。」
独りでは何かとやる気を起こさない私も、
他者がいることで、
創造性の何かを、動機づけの何かを
与えられる気がする。
ホメオスタシスだけでは足りない何かを。
誰かの存在が
私を生へと動かしている。
しかもそれはその人のためではなく、
あくまで自分のためなのである。


