理性により成立している世界3 | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

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  ~ The Moon is always with us ~

 

世界は私の表象(Re-presantation)である。

 

しかしその個人の表象世界に、
どうやって他の主観が存在しているのか、
私はなぜ他の存在を巻き込んだ世界

表象可能なのかと考えると、、、

実は我々は既に、

全宇宙のイデア(原型)を分有(分け持っている)している、

と考えると話が早い。

だからこそ私たちは全宇宙を表象できる。

 

さらに言えば、私たちは言わば世界霊魂を分有しており、

本来的には一つなのだ。

みな心は宇宙と相似形で、精神的足場を共有している。

だからこそ思いを同じく(com-passion)することができる。

 

 

「ふぁ?」

 

…急に宗教的な話になったと思うかもしれないが、

私たちは自分の中にないものは

決して諸物として抽出することはできないのだ。

 

また(表象)世界は認識者と諸物との「関係」であり、

故に私に無関係なものは私の世界に現れようがない

 

私たちは精神的な足場を同じくしており、

言わば世界霊魂を分有しているのだから、

貴方の世界と私の世界は同時に存在しえ、

お互いに表象することができる。

 

仏教的に考えても、

すべては縁あってある縁起(関係)世界に住んでいる我々は、

相対的な存在であり、自我の視点が消えれば

本来的に一つの体感に帰郷するのだ。

故に音なき音を観ずる(com-passion)ことができる。

 

なぜお互いにコミュニケーションがとれるかというと、

みんなこの全宇宙と相似形で、

みな宇宙の成分を有していて、宇宙の表現の仕方が同じだから。

客観を設定することができるのだ。

存在物同士が情報を共有できる世界が私たちの背後にあり、

私たちを包含している、と言ってもいい。

 

実在論的な、物質的延長の世界を基盤にした発想は

実世界を知る上では幅が狭い。

 

私たちは可能無限の世界に住む、可能存在であるくらい

大きく出て自分を見つめ直そう。

 

 

この美しい自然世界を表現しているあなたは

明らかにその美しい自然世界を内に有しているのだ。