心と体は別の代物だと考える説を
心身二元論と言う。
だいたいの人はそう思っているだろう。
自分の場合の次段階で、
もうちょっと引いた視点、
「意識」と「自分の体も含めた世界全体」を
二分して見る視点。
自意識と縁起世界。
まだ意識の主は自分だと思っている。
さらに次段階で、いやまて、
この意識自体も関係世界、縁起世界の産物で、
実在じゃないじゃないか、と見る視点。←今なんとなくココ
それも過去にある情報を集めて
くぐるぐる回っているだけじゃね?
その情報も観念であって、
人間がこさえた意味体系だったりで
そもそも我なんてないんじゃね?
(単なる観念複合体、執着等)と見る視点。
仏教的にはその実相を無我と言うが、
あらゆる妄想(想像)を可能とするその世界の
フトコロの深さは空と呼ばれる。
体も、心も、表象世界も、関係世界の中の一項でしかない
と見据えられる視点、その景色がたまにチラ見えする
チラ見えじゃなくて、すっかりその視点が固定されたら、
二元論から脱出して彼岸に到達できたと言えるだろうか。

