南無阿弥陀仏
「南無」は帰依するって言う意味。
「阿弥陀仏」は宇宙。
よって、これは「宇宙に帰依する」という
宣言になる。
「阿弥陀仏」は宇宙。
よって、これは「宇宙に帰依する」という
宣言になる。
ぜんぜん違うような気がするが、
プロティノス的な意味で「帰郷」のイメージも。
おかえり。ただいま。
プロティノス的な意味で「帰郷」のイメージも。
おかえり。ただいま。
南無阿弥陀仏
ただ唱えるだけだから簡単なのだが、
心からその意を知って発するようになるには
どえらくムズイ。ムズイ。
心からその意を知って発するようになるには
どえらくムズイ。ムズイ。
誰でも言える。だけど感得するのは超ムズイ。
それでいてちゃんと心に応じて効果がある。
それが南無阿弥陀仏。
初級からマスタークラスまでカバーしている念。
それでいてちゃんと心に応じて効果がある。
それが南無阿弥陀仏。
初級からマスタークラスまでカバーしている念。
なんという便利な言葉。
法然聖人、親鸞聖人は偉大だった。
法然聖人、親鸞聖人は偉大だった。
南無阿弥陀仏
自分はこの関係世界の中の一項に過ぎない。
わお。
気づいたら何もかもが与えられているではないか。
お蔭さま。
わお。
気づいたら何もかもが与えられているではないか。
お蔭さま。
自分が結局「他力」で生きていること、絶対的ではなく、
周囲との関係性の中で存在している、(流動している)
つまり相対的な存在であることは、
頭でなんとなく分かっていても、認めることは難しい。
「オレがオレが!」
自我がそれを認めたくないからだ。
オレはオレを手放したくない!
周囲との関係性の中で存在している、(流動している)
つまり相対的な存在であることは、
頭でなんとなく分かっていても、認めることは難しい。
「オレがオレが!」
自我がそれを認めたくないからだ。
オレはオレを手放したくない!
諸法無我
自分がこの関係世界の中の一項に過ぎないっていうことを
素直に認められるか。ムズカシイ!
その感覚がなければ、南無阿弥陀仏のよさは
分かりがたいかもしれない。
素直に認められるか。ムズカシイ!
その感覚がなければ、南無阿弥陀仏のよさは
分かりがたいかもしれない。
しかし自分自身が相対的な存在だと認識し出したら…、
沁みる!
南無阿弥陀仏が心に沁みる。
沁みる!
南無阿弥陀仏が心に沁みる。
「そうだった。オレも阿弥陀仏だった。」
思い出させてくれる。
小我を消すおまじないになる。
小我を消すおまじないになる。
思い出すんだ。「そうだった」と。
まさにこれは福音となる。
まさにこれは福音となる。
しかし
絶対他力なんてそんな運命論的な思想、
絶対に認めたくない!
オレはオレでいたい。
オレはオレにしがみつく。
オレはオレを手放したくない!
絶対に認めたくない!
オレはオレでいたい。
オレはオレにしがみつく。
オレはオレを手放したくない!
そのオレを手放すことができるか。Surrenderできるか。
Let it go.
この心境を得るのは本当に難しいと思う。
「往生際が悪い」
まさしくそう。もう諦めろって。
事実に気がついたら、ぐうの音も出ないだろ?
だってそうなんだから。
光も水も緑も、どうしてもありがたいでしょ?
事実に気がついたら、ぐうの音も出ないだろ?
だってそうなんだから。
光も水も緑も、どうしてもありがたいでしょ?
絶対他力。
この「絶対」ってのが難しくって、
「まあ…他力だよね。」←私今ココ。
覚悟がいるんだ。
飛び込めないでいる。自我の衣が重くて
無我の大河が怖いのだ。
飛び込めないでいる。自我の衣が重くて
無我の大河が怖いのだ。
小我を大事に抱きしめているうちは
見えないし、感じない世界があるのだ。
いっそ飛び込んでしまったほうが楽かもしれないのに。
見えないし、感じない世界があるのだ。
いっそ飛び込んでしまったほうが楽かもしれないのに。
「無駄な抵抗はやめよ。観念しなさい。」
南無阿弥陀仏はそれも教えてくれる。
小我にしがみつく私に訴えかける。
プラトンの洞窟の比喩のように
「それは影絵(多くの主観により設定された客観)だよ」、
と教えてくれる。
小我にしがみつく私に訴えかける。
プラトンの洞窟の比喩のように
「それは影絵(多くの主観により設定された客観)だよ」、
と教えてくれる。
正念存続
さらには五薀盛苦なこの浮世に生きていると、正念、
まさに正しい念を持続させることが難しい。
ちょっと彼岸を垣間見たとしても、
南無阿弥陀仏、知りがたし。自我の衣、脱ぎがたし。
ゆえにあっての
まさに正しい念を持続させることが難しい。
ちょっと彼岸を垣間見たとしても、
南無阿弥陀仏、知りがたし。自我の衣、脱ぎがたし。
ゆえにあっての
南無阿弥陀仏
阿弥陀仏の助けを借りて、正念存続。
なんとか彼岸的視点を失わないように、
渡りがたき浮世を渡ろうではないか。
なんとか彼岸的視点を失わないように、
渡りがたき浮世を渡ろうではないか。