☆ 英語を学ぶ前に1 | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

  ~ The Moon is always with us ~

 

☆ 英語を学ぶ前に 1 ☆ 

 

偉い教授さんはよく、

 

「英語を学ぶ前に、まずは国語をよく学びなさい。」

 

なんて言う。。

 

「いやいや…、こちらが学びたいのは英語であって、

母国語じゃないのだよ。

母国語ならよく知っているよー。普段使っているし…。」

 

…なんて我々は思うわけだけど、、実は

教授方がおっしゃっていることは

実に本質的である。

 

ツールとしての言語は基本的に、

 

自分の考えを、相手に正確に簡明に伝えるため」に

洗練化されてきたと考えていい。

(あいまいな表現もまた文化であると思うが。)

だから主観的ではなく、客観的に文を理解したり、

作成できる人が、

自ずと言語一般を上手に利用できるのである。

そのためにはまず、ベースとなる母国語を、

もっと言えば言語表現の客観性をよく学びなさい、

冒頭にあげた教授の言葉は、

こういう意味であると思われる。

 

言語一般。

今「言語一般」という言葉を使ったが、これは英語だけでなく、

日本語、英語、中国語...、

はたまた手話、点字、ボディランゲージ

といった言語一般を指す。

 

「言語とは何か。」

 

あなたは冷静に一度考えたことがあるだろうか。

 

つまり、

英語という言語を無暗に直線的に学ぼうと

するのではなく、言語一般についての理解を深める。

 

つまりはまずはベースとなる国語能力を、

関係的に言えば、

カテゴリー的には諸言語の上位である

論理学や言語学の知見を得なさい、という話である。

 

いわゆる言語センスのある人というのは、

自然と言語一般をメタ的な視点で眺められる人の

事だと思う。

広く言えば哲学センスがある人。

 

言語表現が巧みな人、そもそも

論理学や言語学の素養がある人は、

英語と日本語を別レベルでは見てない

それらを並列的に、「地球の地方方言の一つ」と

いった視点で眺める視座を持っている。

これは英語という一言語だけにフォーカスを

当てて学ぼうとする人とは、明らかに視野の広さが

違う。

 

つまり、今回結論として何が言いたいかと言えば、

日本語と英語を別々の視点で見ていてはあかんよ、

ということ。

そういう風に教える詰込み型の日本の英語教育も

あかんよ、ということである。

 

 

「あかんよ。」