「昭和最後のクリスマスイブ」 | 夢のキセキ♪

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これからおこる夢の奇跡と軌跡を日々書き込んでいきます♪




今日はクリスマスイブということで、
毎年恒例のときのすみかへ家族で出かけました音譜

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100mほど続くイルミネーションのトンネルがとてもきれいで、毎年の思い出に家族で訪れてますアップ

イルミネーションを見たあとは、こちらも恒例のお寿司屋さんへ。

沼津港でとれた新鮮なお魚うお座

めちゃくちゃ美味しいんですアップ

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ささやかですが、毎年家族で向かえられるクリスマスを嬉しく思っていますニコニコ

さて、今日はクリスマスにちなんだお話を皆様へ。



「昭和最後のクリスマスイブ」

       

       

           山村洋子

           (研修プロジェクト「Tea Time Network」主宰)

        
http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/




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「わかりました。やめさせていただきます」



一礼して、そのまま自分の引き出しから

わずかな荷物を紙袋に詰めて、私は部屋を出ました。

一瞬めまいがしたように思いました。



「いったい何が起きたのだろうか」



私は、失業したようでした。





(中略)





家に帰ろうと思い、愛用の赤い自転車のハンドルに

手をかけましたが、さすがにその日は

自転車を漕ぐ元気はありませんでした。



そのまま自転車を引いて、トボトボといつも通る

繁華街の女子大小路を抜けていきました。



女子大小路は妙ににぎわっていました。



それもそのはず、その日は12月24日、

クリスマスイブだったのです。

仕事に追われ、クリスマスが来ていることも忘れていました。



「今日はイブか…。それにしても

とんでもないプレゼントをもらってしまった…」



そんなことを思いながら、アパートにたどりつき、扉を開けたとき、

突然現実の重みが私にのしかかってきました。



これからどうやって暮らしていけばいいのか。



そう思うと全身が震え、私は思わず

床にうずくまってしまいました。



『赤い自転車に乗って』より抜粋







床にうずくまったまま、私はしばらく途方に暮れていましたが、

急にからだの力が抜けたのか、

それとも今までの疲れが一気に出たのか、

そのままソファにもたれて、うたた寝をしてしまったようでした。





どれほどの時間が経ったのでしょう。





電話のベルがしきりに鳴っているのに気がつきました。



今頃、誰だろう…。





時計の針は夜の10時半をさしています。

おもむろに受話器をとると



「もしもし、山村さん?」と明るい声が聞こえてきました。

「はあ…」と気のない返事をすると

「私、管理人の今井です」と返ってきました。



「さっき帰って来られた時、後ろ姿を見ましたが、

 何だか元気がなかったみたいで…。

 大丈夫ですか?」



「あっ。ええ…。ご心配かけてすみません」



「私、きょうは当直なので、さきほど

 遅い夕食をとりに近くの寿司屋へ行きました。



 山村さんいつも帰宅が遅くて食事の用意

 たいへんだろうと思って、帰りに巻き寿司を買ってきましたよ。

 ビニール袋に入れて今、玄関のドアに引っ掛けておきましたので、

 よかったらそれを食べて下さい」



何ということでしょう。

まだこのアパートに入居して2ヶ月も経っていないというのに、

そっと人の動きを見守りながら、黙って気遣って下さる管理人さん。



「あ、ありがとうございます。食事まだでしたので助かります。

 ほんとにすみません。ありがとうございます」



恐縮して何度も礼を言うと



「何か困ったことがあったら相談して下さい。

 山村さんは私と同じ岐阜県の人だから

 いつでも協力しますよ。では…」

 

と言って、静かに電話が切れました。

どこか素朴な感じのする年輩の管理人さんです。



玄関に行ってドアを開けると、

取っ手のところに不透明のビニール袋が掛かっていました。



おや…。巻き寿司にしては少し重いようです。



私はビニール袋をそっと抱えて

小さなテーブルの上に置きました。



折に入った巻き寿司を取り出しましたが、

まだほかにも何か入っているようです。



再びビニール袋に手を伸ばすと

中からペットボトルの暖かいお茶とリンゴがひとつ。



小箱に入ったチョコレートと

小さなパックに入ったイチゴショートケーキがひとつ。

数センチの赤と緑のローソクが2本。

そして最後に冷たい缶ビールが2缶出てきました。



「こんなにたくさん…」



ひとり呟きながら、テーブルの真ん中に巻き寿司を置き、

その周りに袋から出てきたものをすべて並べると、

小さなテーブルはいっぱいになりました。



「今井さん、ありがとう」



そう言って私は最初に缶ビールの蓋を開けました。



乾いた喉に冷たいビールは美味しかったけれど、

さすがに食欲はありませんでした。

缶ビールを片手に、何気なく赤いリンゴに眼をやると、

その表面に何やら油性マジックで



字が書いてあるのが見えました。



「何だろう…」



私はリンゴを手にとり、ゆっくりその文字をたどっていきました。



“メリークリスマス 山村さんに祝福を”



「ええ!これは今井さんからの

 クリスマスプレゼントだったのだ。それでケーキが…」



初めて気づき、私は慌てて2本のローソクをとって、

ガスコンロで火をつけ、

イチゴショートケーキの上に差し込みました。



そして、部屋の明かりを消し、

小さな電気スタンドに切り替えて、

ローソクの明かりが静かに揺らぐのを見つめました。



思いがけないクリスマスイブの贈り物…。



私はきょう、“失業”という

やはり思いがけないクリスマスプレゼントをもらいましたが、

しかし、そのすぐあとには、こんなにも

暖かい思いやりに満ちたプレゼントを手にしました。



それは、あたかも地獄の底に垂らされた

天国からの1本の糸を見るような思いでした。

きよし、この夜…。



ひとり口ずさみながら、背筋が寒くなるような

失業の痛みを感じつつ、テーブルの上の小さなケーキを、

赤いリンゴを、そしてゆらゆら揺れるローソクの明かりを

見つめていると、ふいに涙がこぼれました。



お腹は空いていないのに、なぜだか巻き寿司の折に手が伸びました。



メインディッシュの巻き寿司を口いっぱいに頬張ると

涙はいっそう溢れ、嬉しさと悲しさが交錯して、

どちらともつかぬ涙は、いつまで経っても

とまることはありませんでした。



昭和最後のクリスマスイブのことでした。



年が明けて…。



ささやかな希望と絶望は、

人の世の塵にまみれながら、さざ波のように行ったり来たり…。



それでも、生きようとするその命の確かさがある限り、

光は差すところには差してくれるようです。



赤い自転車が、その後の私の人生を大きく変えました。



そういえば、その自転車を譲ってくれたのも管理人さんでした。



人の情けが痛いほど身にしみる平成の幕明けです。

そして春に向け、小さな前カゴに

愛と勇気と気概をいっぱい乗せて、

赤い自転車はいよいよ本格的に走り出します…。



         平成23年12月 そして新しい希望の年へ