「花の街」は若い人は知らないようですが、ある年齢層から上の人には良く知られている唱歌?です。
当然、私は知っていて、子供の頃に初めて聴いた時、なんかハイカラな都会的な曲だなぁと思ったのを覚えています。
その頃からもう一つぼんやり思っていたのは、なぜ3番が「泣いていたよ」という悲しい歌詞になっているのか、、1番、2番はカラフルで明るいのに、です。
それで,少し調べてみました。
以下の考察には最も詳しかった「池田小百合 なっとく童謡・唱歌」の「花の街」から引用や再引用させて頂いています。
https://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00dan.htm#hananomachi
この曲は戦後すぐ、昭和22年に発表されている曲で、作詞者の江間章子さんは次のように語っていました。
「花の街」は私の幻想の街です。戦争が終わり、平和が訪れた地上は、瓦礫の山と一面の焦土に覆われていました。
その中に立った私は夢を描いたのです。ハイビスカスなどの花が中空に浮かんでいる、平和という名から生まれた美しい花の街を。(後略)
(『中学生の音楽 1』,教育芸術社、平成9年)
花の街 ソプラノ
詞:江間章子 曲:團伊玖磨 歌:鮫島有美子
3番に突然現れる悲しさは、作者の思いだったのですね。
ちなみに歌詞については
1番:春よ春よと → 歌いながら
3番:街の窓で → 街の角で
というのが「正しい」とされています。
ただ、3番は「どちらでもよろしくてよ」と作者自身が言われているようですし、1番もNHK資料や教科書によって両方の版があるようですので,あまりどちらかに固執することはないのではと思いますね。
当然、私は知っていて、子供の頃に初めて聴いた時、なんかハイカラな都会的な曲だなぁと思ったのを覚えています。
その頃からもう一つぼんやり思っていたのは、なぜ3番が「泣いていたよ」という悲しい歌詞になっているのか、、1番、2番はカラフルで明るいのに、です。
それで,少し調べてみました。
以下の考察には最も詳しかった「池田小百合 なっとく童謡・唱歌」の「花の街」から引用や再引用させて頂いています。
https://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00dan.htm#hananomachi
この曲は戦後すぐ、昭和22年に発表されている曲で、作詞者の江間章子さんは次のように語っていました。
「花の街」は私の幻想の街です。戦争が終わり、平和が訪れた地上は、瓦礫の山と一面の焦土に覆われていました。
その中に立った私は夢を描いたのです。ハイビスカスなどの花が中空に浮かんでいる、平和という名から生まれた美しい花の街を。(後略)
(『中学生の音楽 1』,教育芸術社、平成9年)
花の街 ソプラノ
詞:江間章子 曲:團伊玖磨 歌:鮫島有美子
3番に突然現れる悲しさは、作者の思いだったのですね。
ちなみに歌詞については
1番:春よ春よと → 歌いながら
3番:街の窓で → 街の角で
というのが「正しい」とされています。
ただ、3番は「どちらでもよろしくてよ」と作者自身が言われているようですし、1番もNHK資料や教科書によって両方の版があるようですので,あまりどちらかに固執することはないのではと思いますね。