今日は、朝から、夫の実家へ。
午後からの取材に備えての掃除でもありますが
台所の掃除は、かなり、時間をかけないと
できないから、思い切ってやってしまおうと。
夫が、外でおしゃべりしている間に
ここの掃除。
ほとんど、捨てました。
右端は、何やら板が・・。
おそるおそる開けて見たら
水瓶でした。
なるほど!
反対側の押入れのように大きな食器棚。
次から次へと、食器を断捨離。
これは、ほんの一部。
全てのものが、10から20枚あります。
冠婚葬祭を自宅でやるために
湯飲み茶わんも30個以上。
夫が、不燃物置き場へ台車で往復。
日焼けしてました。
出会ったおばあさんが、
「○○屋(屋号)の食器なら
いいものがありそうや。
拾いに行くわ。」
と、言っていたそうです。
そんな風に思われていたのか・・?
私も一応みましたが
そんなでもなかったような・・。
数は、たしかに、すごかった。
これは、私が、結婚した時に
私の地域のお皿を、近所の人に
10枚ずつ配ったもの。
鼠志野の大皿と、面白そうな四角い器も。
家で見たら、源山作、でした。
有田焼の。
なかなか、いい目だ!
自画自賛。(笑)
この入れ物。
懐かしくて、涙が出ました。
この入れ物にいっぱいいれて
新聞紙で包んで
よく、持たせてくれたり
届けてくれました。
美味しくて
子どもたち、大好きで、
4人の子どもを抱えての共働きには
一番うれしくて、一番ありがたいプレゼント。
私は、ずっと、
炊き込みご飯は作りませんでした。
おばあちゃんには、かなわないから。
でも、これも、写真撮って捨てました。
今日だけで、
陶器は、45リットル袋に10個。
燃えゴミは、8個。
私は、結構、断捨離とくいです。
気になるものは、写真に撮って捨てます。
この家族写真は、はずして、持ち帰りました。
夫の弟
私達夫婦
子ども4人。
大集合写真。
子ども達は、まだみんな学生。
両親も、夫も元気な、記念すべき写真。
このあと、私が1人で働きながら
3人の介護をするという
数年間がやってきましたが、
その苦しい谷底を乗り越えたあとには
家族が増えていました!!
谷底はずっとは、続かない。
そんなことを思い起こさせてくれる1枚。
この写真を外し、おにぎりを食べ終わる頃
取材陣が到着。
役場のYさんと、ライター3人、
古民家をレストハウスにしている人1人。
外から、これは、すごい!
これは、今、どこにもないよ!
という声が挨拶前に聞こえました。
ビクトリンタイルというそうで
この頃に、このタイルは、希少だと。
家の木にみんながびっくりしていました。
どこから、運んだんやろう。
二階にも床の間があるのもすごいと。
窓ガラスも、今はない作り方みたい。
この、家と同じ金額のブロック塀。
上は、投げつけて作る製法かなあとか
下も、かなり、凝った方法で模様がつけてあるなあ。と。
障子も板戸も、一枚板が使ってあるし。
ライターさん達が
口々に褒めちぎってくれて
なんだか、嬉しいような、びっくりなような。
文化遺産登録もできるはずだと。
ややこしそうだから、しないけど。
夫の、祖父が、
やはり、すごい人だったんでしょう。
姑が言うには
嫁いだ時
なんにも、お金がなかったらしい。
家につぎ込んでしまったのかなあ。
私達には、処分しなければならない
ぼろ家ですが
周囲に評価されると
見直すというか
正直複雑な想いです。
Yさんは、古民家を舞台にした映画
私達も見に行きましたが
それの担当で
監督が、こんな
タイルのある古民家をさがしていたと。
この家がわかっていたら
多分ここが、ロケ地になったはずだと、
くやしがっていました。
私達も、ちょっとくやしいなあ。
誰かに貸したら
中にはいれなくなると
次の映画を心配していました。(笑)
ライターさんが
どんな記事を書き、
誰が採用されて
どんな風に紹介されるのか
のんびりと、待ちます。
町のPRIを雑誌でするためなんだとか。
私達にとっては
古民家登録して
実家の片付けに
拍車がかかったのは
よかったなあと思っています。
そして、みなさんに評価してもらい
古い家の値打ちがわかり
あらためて
その家を守ってきた姑もすごいと思えました。
入院先の病院から電話して
屋根を直してもらったり
父の葬式のために、畳を変えたり。
だれも、そのあと、住んでいません。
そんな、
認知症の彼女の、無駄にみえたことも
家を守る一心だったんだろうね。
そのおかげで、今の家がある。
でも、私達も、かなり、頑張りました。
何年も住んでない家は、
荒れていて、
スリッパ履かずに入れなかったけど
今は、復活しました。(笑)