明治の文豪“室生犀星”の生誕124年
明治22年(1889年)、加賀藩士の私生児として生を受け、
生後直ぐのこと・・・
現在の犀川大橋付近にある真言宗高野山派、雨宝院に養子となり。。。
両親の面影と愛情を知ることなく成長
![](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/173.gif)
北原白秋に見出され、
萩原朔太郎とも親交を深め、
数多くの名作を残こす金澤を代表する文豪・・・
明治45年、犀星23歳の時分、
帰郷のおりに故郷の想いを綴った詩がある。。。
[小景異情ーその二]
『犀川』より・・・
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
美しき川は流れたり
そのほとりに我はすみぬ
春は春、なつはなつの
花つける堤に坐りて
こまやけき本の情けと愛とを知りぬ
いまもその川のながれ
美しき微風ととも
蒼き波たたへたり
犀星が幼き頃を過ごし、
終生こよなく望郷の思いを募らせた『犀川』。。。
おそらく犀星が嬉しみ愛した犀川の風景に想いを馳せながら、
そこはかとなく撮ってみることにした・・・
右奥に見える橋の左に犀星が育った“雨宝院”が在り。。。
毎年素晴らしい花を蓄える“樹”
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20130409/20/pt287004/c3/e0/j/t02200147_0640042712494537734.jpg?caw=800)
また一年後まで、
御預けの感を感じつつ、
今年の犀川の桜並樹に
金澤への愛着をさらに深める今日此の頃・・・