陸前高田市 訪問 | ★愛と正義の営業★生保マン奮闘記

★愛と正義の営業★生保マン奮闘記

生保営業マンの徒然日記です。
日々の活動や生活から感じた事、
遭遇した出来事などを綴っています!

本日はいよいよ陸前高田市へ

チャリティー講演会でみなさまからお預かりした寄附金をお届けするため、

宿泊地の岩手県一関市を7時に出発


ホテルを出ると抜ける様な青空に虹が架かっており、

代表スタッフ4名と・・・晴れ晴れとした気持ちで、

65km先の陸前高田市への道のりを向かうことになる。

現在、石巻市や他の被災地域は、

復興に向けての整備が着々と進みつつある中・・・

陸前高田市は市全体が壊滅状態にあり、

震災発生後7ヶ月を経過した現在においても、

国との復興計画がほとんど進んでおらず、

津波が押し寄せた海岸沿いの市中心部も、

ガレキが積み上げられ、流された自動車もそのままになっている状況であり・・・

今回、我々のチャリティー講演会の支援先を陸前高田に集中したのも、

そのような背景がある。

もともと庁舎は海より程近い場所に位置していたが、

津波により大きな被害を受け、現在は仮設庁舎にて機能しており・・・

市長とのお約束の時間より少し早めに到着し、周辺を散策していると・・・

出勤されてくる職員の方々に多く出会うことになり、

すべての方が“おはようございます!”との気持ちの良い挨拶をして頂き、

市役所の職員の方々にこの様な挨拶を頂けるとは思っておらず・・・

こちらも負けじと元気良い挨拶を心がけてしまいながら、

いろいろな想いや印象をクリアにして頂けたような気がして、

仮設庁舎に足を運び・・・

8時30分丁度に市長室に通され・・・

大変気さくに歓迎して頂くことになり・・・

戸羽市長との面談は20分に及び、

震災前と後の航空写真で被災状況をご説明頂き・・・

津波の脅威と、

人口の8%に当たる1500名の尊い命が犠牲になった被害状況をお聞きし、

中でも印象的だったのは・・・

津波発生直後、一次避難所として指定されていた市民体育館に、

約80名の方々が避難されていたとのこと。

安全性が高いと指定されていた体育だったが、

津波の高さが13mにも及び 

体育館二階の海側の窓より津波が押し寄せ・・・

35mもある天井に40cm程に届く程の水位となり、

避難されていた方々の77名が犠牲になられたとのこと・・・

同行したメンバーの一人は涙が止まらなくなってしまう・・・。



当時の海岸線防波堤が3mだったらしく、

13mの津波に対しては対応できるはずがなく・・・

想定を超えた自然の脅威により、

被害が大きく拡大したとのお話を聞かせていただく事になる。

会談も終わり別れに際、市長から、

「現在被災地の報道も少なくなっており・・・

様々な団体の撤退も進行する中、

人々の被災地を支援するという意識が薄れていくという事が懸念されます。

継続的な支援と被災地のことを忘れないで欲しい。」

とのお言葉を頂き・・・


ボランティアで現地で活動することも大切と思われるが・・・

被災地が復興するまでの長い期間、

継続的に支援することへの重要性をあらためて認識し、

毎月僅かな金額でも寄附をしたり・・・と、

まずは末永くできることから始める取り組みが大切だということを

スタッフ全員が強く痛感することになった。


お時間を頂けた戸羽市長に心から感謝し・・・

海岸線の被災地へ車を走らせる