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怨霊になった天皇 - 竹田恒泰著

わずか5歳の幼さで皇位を継承した崇徳天皇
20歳で2歳の弟君の近衛天皇に譲位し崇徳上皇となる
この近衛天皇が17歳で崩御されたのが因で保元の乱が起こる
この保元の乱の敗戦で讃岐国に流され讃岐院と呼ばれる

流刑後の讃岐院は深く仏教に帰依し五部大乗経を写経
戦死者の供養にと朝廷へ差し出すも無残に付き返され
これに大いに怒りこの5つの写経本すべてに
「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」
「この経を魔道に回向す」と自ら噛み切った舌の血で書き記す

その後、生きながら夜叉のような姿となり
長寛2年8月26日ですから846年前の今日
今の暦でいうと1164年9月14日
大いなる怨みをもって崩御

その怨霊は明治天皇陛下ご即位の際に
御霊を京都に帰還させ白峯神宮に祀られるまで
700年にわたって数々の祟りを招き
我が国最大の怨霊と恐れられる

曲亭馬琴の「鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月」では
崇徳院として度々為朝を救いに現れます
烏天狗なんかを使役したりしてね

$刺青|賽のじ雑記

↑これとか有名な場面

こうした日本独特の民族の感覚が理解できないと
古くから伝わる彫り物を楽しむことも難しい


↑これなんか読んでみると面白いかも


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