先日こちら
の記事で書いたことと多少被るが、基本的にはスポーツを始めとしたあらゆるビジネスが「人」を相手に成り立っている。需要の有無もそれで決まる。
そして得てして人は不都合なものから目を逸らす傾向にあるから、表面的な仮初の享楽に関心が集まるのも無理はないだろう。
だから世の中が俗っぽいものを好む風潮にあれば自ずと低俗なコンテンツが巷に蔓延るようになる。だって眉をひそめる(=顔をしかめる)どころかそれらを悦んで受け入れてしまっているのだから。
「あっち側」の人間になれたなら時流に便乗し世の大多数の人間と馬鹿みたいに笑い合えるのだろうが…
もちろんスポーツ選手にしろ音楽家にしろ、純粋に自分の携わっている「競技」或いは「楽器」と向き合っているその結果として人々を魅了させている人は大勢いるだろうし、その方が「客(人)」の顔色を窺って、時にはその理不尽な要求にも耐える仕事に比べどんなにか良い働き方だろう。
競馬で人を一喜一憂させるために走っている馬(当の馬たちがそれを感じているかは分からないが)を見ていて哀れに思えた。
せめてもの慰めはここ数年環境に対する人々の考え方に変化が生まれたことで “SDGs” や「無農薬」(但馬のお米など)といったワードが注目されている点か。
以前テレビでアボカドの事を取り上げていたのを思い出した。(以下は僕が観たのとは別の番組だが、信頼性の高い NHK の記事だからこれに関連して載せる)
ハリウッドのセレブ達を中心に栄養価の高い食べ物としてブームとなったがそれを口にするのは主に先進国の人間で、育てている国(主にメキシコなどの南米)では恩恵のみならず深刻な事態も引き起こしているのだそう。特に有名なのが「土地の養分を枯らす」アボカドの特性。だけど上述の記事を僕も今日初めて読んだが、やはり人が関わるとろくな事が無い。もっともっとと欲が出て違法な森林伐採も進んでいるのだとか。
>それを口にするのは主に先進国の人間で、育てている国では…
話が飛躍し過ぎかもしれないが連想したのはちょうど福島で東日本大震災に伴う原子力発電所の事故があった際、放射能汚染といった深刻な被害を受けたのは発電所のある地域に暮らす人々で、そこで作られた電力を多く消費する都会の人々には汚染の心配はそこまで無かったということ。
Σigma

